四国4日間の旅 (4)  道後温泉・しまなみ海道 イバイチの
旅のつれづれ


5.道後温泉

 昼食後国道56号線を宇和島に向かう。約2時間で宇和島真珠会館に着く。宇和島は真珠の生産が日本一だそうである。しかしブランド名は伊勢志摩の「ミキモト真珠」だそうで宇和島ブランドでは無いので知らない人も多いと思う。真珠はもともと買う気は無く素通りである。宇和島から松山自動車道に入り、更に2時間後の17時20分ごろ松山道後温泉椿館に到着した。(写真は宿泊したホテル)

 道後温泉は日本書紀などに記述がある兵庫の有馬温泉、和歌山の白浜温泉と共に日本3古湯といわれるほど昔からある温泉である。道後温泉のある松山市は夏目漱石の「坊ちゃん」の舞台として知られている。また司馬遼太郎の「坂の上の雲」に出てくる日露戦争で活躍した秋山好古・秋山真之兄弟と俳句の革新者である正岡子規の出身地である。

 松山市は四国最大の都市で人口51万人以上の大都市であり、主要な観光地は松山城と道後温泉だが今回訪れたのは道後温泉だけである。朝8時に高知を出て桂浜と四万十川に寄り、宇和島を通って来るとどうしても夕方になってしまう。四国4県の内3県のいいとこ取りという事になると、なかなかあちこち見ている時間が取れない。

 ホテルの部屋に入って一息入れ、18時頃にからくり時計を見ながら道後温泉本館に向かった。からくり時計は路面電車の道後温泉駅の向かいにある放生園という小公園に、道後温泉100周年を記念して平成6年に「坊ちゃんからくり時計」として作られたもので、その横に平成14年に足湯が整備された。「坊ちゃんからくり時計」は1時間ごとに扉が開いてせり上がり、マドンナなど漱石の「坊ちゃん」に出てくる人物が次々に現れ観客の目を楽しませてくれる。(写真は道後温泉駅、からくり時計と足湯、からくり時計3態)

 道後温泉本館はその近くにあり、木造3層楼の神の湯本館は1894年(明治27年)に竣工しており国の重要文化財である。館内には1階に「神の湯」2階に「霊の湯」の浴室があり双方とも泉質はアルカリ性単純温泉で掛け流し式である。
 「神の湯」は入浴料400円だが、800円払うと浴衣が借りられ2階の大広間で休憩し、お茶と煎餅が頂ける。2階の「霊の湯」に入るには1200円の入浴料で、浴衣とタオルが借りられ、1500円払うと3階個室で休憩でき、砥部焼の湯呑茶碗のお茶を輪島塗の天目台に乗せたものと坊ちゃん団子が頂けるそうだが、19時に夕食なのでゆっくりしている時間が無く400円の「神の湯」だけに入った。夏目漱石は竣工した翌年の明治28年に松山中学に赴任してきてこの温泉に何回も通ったそうである。(写真は夜の道後温泉本館、側面の道後温泉本館、右前方からの道後温泉本館、入湯券の表、裏)

 ホテルに戻り、食事の後1階ロビーで伊予之国松山水軍太鼓という演奏があるというので見に行った。ここ「椿館」では殆んど毎晩30分演奏するそうで、沢山の観客が見にきていた。昔瀬戸内海で活躍した河野水軍の戦いのドラマを和太鼓で表現したもので、昭和54年(1979)に創作され、30年以上の歴史がある新しい郷土芸能だということである。太鼓の音は腹に響いて疲れも吹き飛ぶ感じだった。(写真は水軍太鼓の観客、水軍太鼓3景)
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6.しまなみ海道

 翌9月20日(金)は四国旅行最後の4日目で帰宅する日である。朝、早起きしてもう一度道後温泉本館に行きたいと思っていたが疲れて寝坊した。晴天が続くなか朝8時にホテルを出発した。今日は「しまなみ海道」を通り、沢山の橋や島々を展望しながら、一路神戸空港に向かって走り続けるばかりである。(写真は「しまなみ海道」マップ)

 まず道後温泉から奥道後に行く道を走る。途中石手寺という寺の前を通った。この寺は四国霊場八十八ヵ所の第51番札所であり、国宝の仁王門をはじめとして本堂、鐘楼、五輪塔などが重要文化財になっているという。またパワースポットとしても知られ、お遍路さん以外にも訪れる人が多いとのことである。四国霊場八十八ヵ所を歩いて巡礼する人も多く、今回もバスの中から何回か歩き遍路の人を見かけた。バスガイドはバスで行く巡礼の旅にも乗車しているらしく、今回も道筋にある札所やお遍路の説明してくれた。

 その中でもこの石手寺の縁起について、お遍路の元祖である衛門三郎という人が強欲で弘法大師が托鉢に来た時怒って托鉢の鉢をたたきつけて八つに割ってしまった。ところが衛門三郎の八人の子が毎年一人づつ亡くなってしまったので、前非を悔い大師を追い求めて20回四国巡礼をしたが出会えず、逆打ちといって霊場を逆に巡礼している途中病で亡くなってしまう。その翌年伊予の領主に手に石を握った男の子が生まれたが、その子が握っていた石に「衛門三郎」と書いてあったので、その石を納めた寺の名を石手寺と改めたという話を聞かせてくれた。(写真は石手寺入口付近)

 バスは9時近くに「しまなみ海道」入口の今治ICに着いた。「しまなみ海道」はここから西瀬戸尾道までの全長約60kmの西瀬戸自動車道という海の道である。今治北ICを過ぎると眼下に今治造船所のクレーン群が見え、その先には来島海峡に架かる来島海峡第1、第2、第3の三連の大橋がある。「しまなみ海道」の橋には自転車歩行者専用道路が併設されており、海上を自転車で渡れることから人気が高く、サイクリングをする人も多い。(写真は今治造船所、クレーンと来島海峡大橋、来島海峡大橋を走るサイクリングの人)

 来島海峡三連大橋を渡ると大島に着く。ここには亀老山展望公園という「しまなみ海道」随一のビュースポットがある。来島海峡三連大橋が結ぶ島々や四国今治方面の景観が一望のもとに見渡せる景勝の地であり、よく晴れていれば石鎚山まで見えるそうである。三連大橋以外の方向の瀬戸内の島々の景色も素晴らしかった。(写真は来島海峡大橋を渡るバス、亀老山展望公園からの景観4景)

 大島から大島大橋を渡ると伯方(はかた)島である。更に大三島橋を通り大三島に着く。ここには日本総鎮守と呼ばれる大山祗(おおやまづみ)神社の総本山があるが通過するだけである。多々羅大橋を渡り生口(いくち)島から生口橋を経由して因島に行く。(写真は大島大橋を渡るバス、多々羅大橋付近、多々羅大橋からの島と海の眺め、生口橋からの因島)

 更に因島大橋を渡って向島、尾道水道に架かる尾道大橋を渡ると本州の尾道である。尾道は志賀直哉が住んでいて「暗夜行路」を書いたところである。また千光寺をはじめとした多くの古寺があり落ち着いた街である。「しまなみ海道」の終点である西瀬戸ICに10時40分に着いた。(写真は因島大橋からの景色、尾道水道付近2景)




 山陽道に入り、途中バス車内で弁当を食べ14時に神戸空港に着く。15時15分神戸空港発のスカイマークで16時30分茨城空港に帰着した。天気が良く機内から外の山並みがくっきりと望めた。(写真は神戸→茨城の搭乗券、神戸空港、機内からの山並み風景3景、茨城空港)

 今回のツアーは天気に恵まれて最初から最後まで晴天だったのは何よりだった。しかし「四国いいとこどり」という事で、四国の徳島県を除いた香川、高知、愛媛三県の幾つかの観光スポットを駆け抜けた印象が大きかった。ツアー旅行は若い人向けで、あちこち出来るだけ多くの場所に移動するには良いが、ゆっくりじっくり、腰を落ち着かせて見聞を深めようとする年寄には不向きなのだろうか。次回の旅はどうするか考えどころである。
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