水戸城

イバイチの幕末の水戸（10）

[ 水戸城炎上 ]

H23-9-25作成　　　

４．水戸城炎上

　幕末から明治初期の水戸藩では勤皇派(天狗党)、佐幕派(諸生党)が入り乱れ、幕府軍や近隣の藩を巻き込みながら藩を挙げての抗争に終始したが、その結果として多くの人材を失い、残ったものは相互の憎しみだけだった。世の流れは新時代に向けて進みつつある時に水戸藩内部の怨恨に囚われて殺戮を繰り返しているだけの水戸はどんどん時代に取り残されて行き、廃藩置県後の茨城県も騒乱を繰り返す難治県との見方が定着し、県令(県知事)も数カ月ごとに変わり、近隣県の様に一人の県令が長期間腰を据えて治世を進める雰囲気ではなかった。

　明治４年７月の廃藩置県後、細かく分かれていた旧藩がそのまま県になっていたが、それが同年１１月１３日に水戸を中心とする茨城県と土浦を中心とする新治県の二つに統合されたので１１月１３日は茨城県の日として現在まで続いている。茨城県初代県令には山岡鉄舟が任じられたが１カ月後の１２月には旧水戸藩士の山口正定が任じられた。翌明治５年８月に旧長州藩士野村素介がわずか８日間だけ任じられ、次の旧彦根藩士橋本正人も１２日間で交代し、次に渡辺徹、関新平と続き、明治８年５月に新治県が茨城県に統合されてほぼ現在の茨城県の範囲になった。県令は中山信安が任じられ１年半務めた。

　この間、明治５年７月２０日から８月８日まで県令心得として旧肥前大村藩士の渡辺清が着任したが、赴任直後の７月２６日未明何者かによって水戸城は放火され天守にあたる三階櫓を除いて焼失してしまった(三階櫓は太平洋戦争末期の水戸市空爆により焼失した)。放火の関係者として、水戸藩士族１４０名が逮捕された。裁判は水戸ではなく東京で行われ、約２年間の勾留の後証拠不十分で全員釈放されたのだが。渡辺清は出火時の報告書に、聞きしに勝る「悪い県」と書き、茨城県の評判が悪くなったと云われる。(写真は大手門の」奥にある水戸城跡の碑とその説明）

　すなわち幕末から明治にかけての内戦により人材が払底し、人心が荒廃していて明治政府に対する不平分子が多く、地租改正反対の農民一揆が起ったりしていたので、渡辺県令は赴任直前に県の役人全員を入れ替え、水戸藩士を退けていた。そして「他国者との調和はしにくく、固陋さ、頑固者の多い精神風土であり全国有数の難治県」と言わしめたのである。

　その後明治６年９月から明治８年５月まで県令の職にあった旧肥前藩士関新平は、当時失職の士族たちのために官林を払い下げるなど授産の道を開くよう尽力したため、職を失った士族は農業、教師、警官等への道を歩むことができるようになった。また、明治５年の水戸城焼失の際、多くの水戸士族が嫌疑をかけられ投獄されたが、その無実を上申し、明治７年５月の全員釈放に尽力した。
　水戸偕楽園の梅林と好文亭に入る芝前門の間の中央売店近くに「故茨城県参事関君遺徳碑」が明治３０年に建立されているが、４３歳の若さで亡くなった関新平を惜しんで投獄された士族が中心になり建てられたもので関新平の事績が縷々（るる）述べられている。篆額の「遺徳之碑」の書は、旧水戸藩最後の藩主主徳川昭武公の揮毫によるものである。

　この事件の容疑者として逮捕投獄された者は殆んどが旧水戸藩士で、当初水戸藩に代わり設置された水戸県の官員が多かった。事件はうやむやのうちに終息したのだが、中央から来た薩長土肥の高官の指示で仕事をすることや、新政府の方針で従来の権勢が奪われていくことに対する旧水戸藩士の不満と反抗心がその背景にあったのは間違いない。　(写真は本丸跡に建てられた水戸第一高校入口にある水戸城の説明および現在も残っている薬医門とその説明）

　中央政府は、水戸藩出身者は視野が狭く直ぐ極端に走ることを恐れて他藩出身者を県の要職につけたと云われており、実際第２代の山口正定以外はすべて水戸以外の者が就いている。山口正定は京都に在住した本圀寺勢のひとりであり、鈴木縫殿と共に水戸に戻り、戊辰戦争でも鈴木縫殿と共に戦っている。茨城県知事を辞めた後、侍従として宮内庁に出仕し、侍従長，男爵になった人物であり、水戸藩では鈴木縫殿、武田金次郎と共に権大参事という藩の最高位に就いた。

　復讐のために白昼堂々と諸生派の人物を殺傷し、すっかり評判を落とした武田金次郎は、その後他藩の士族の指示で仕事をするのに耐えられず官を辞め、落魄して野垂れ死にしたという。鈴木縫殿は明治以後の事績は明らかでない。

　明治５年（187２）７月の水戸城炎上により、万延元年（1860）３月の桜田門事件以来１２年続いた水戸藩の内訌は一応の終息を見たのだが、その間佐幕，勤皇を問わず多くの犠牲者を出し、両者の確執は太平洋戦争まで続いたといわれている。その間に水戸藩の主要な人材は失われ、人心は荒廃し明治以後は茨城県からは主要な人材は殆んど輩出していない。

　この｢幕末の水戸｣のブログを書き進むうち何回も空しい気持ちに襲われた。特に天狗党の筑波挙兵以後は何のためにという大義が見つからない。世の中の動きを展望できず、水戸藩の進むべき方向が混迷の度を深める中で、当面の敵との争いをエスカレートさせ、相互の憎しみを募らせるばかりで、その後をどうするかという将来に対する展望が見られない。相手の考えを推量し相互の繁栄の方向を考える経世の志をもった人物を指導者に得られなかったことが空しさの大きな理由なのである。

　水戸藩の成り立ちが藩主は将軍を補佐し、江戸に常勤して藩内の治世を城代家老以下の執政に任せざるを得なかったこと。徳川御三家のひとつでありながら尊王攘夷の魁（さきがけ）になったこと。尊王派と佐幕派の勢力が拮抗していたこと。徳川斉昭という強烈な個性を持った藩主の後を継げる者がいなかったことなどの悪条件が重なっていたこともその大きな理由だと思うが、大政奉還の後の戊辰戦争の時に市川派の討伐に向かった水戸藩の軍勢が会津藩の者に、「徳川家の存亡の時にいつまで兄弟喧嘩をしているんだ」と罵られたという挿話は目先の争いにしか目を向けられない指導者しか持てなくなった水戸藩の悲劇を如実に表している。

　年表を見ると万延元年の桜田門外の変から明治元年の弘道館戦争まで８年しか経っていない。明治５年の水戸城炎上まででも１２年である。その前半の８年の間に水戸藩の指導的立場にあった者たちは保守革新を問わず殆ど死に絶えてしまい、明治維新から近代国家成立に至る時代の大きな変革の推進に水戸藩士の名を残すこと事は出来なかった。　

　翻って今度の東日本大震災への政治の対応を見ると、震災復興という大きな目標があるにもかかわらず当面のライバルの足の引っ張り合いしか出来ない指導者揃いに暗然とする。自身の選挙区が大きな被災地である岩手県であるのに自己の保身に汲々として被災地を顧みない小沢一郎。自分が投げだした内閣を引き継いだ菅直人を引きずり降ろそうとしゃしゃり出てピエロ役を演じる鳩山由紀夫。菅首相を補佐し自民党の力を示す絶好のチャンスをものにしようとせず、民主党の造反議員を当てにして不信任案を否決された谷垣禎一など。

　菅首相の行き当たりばったりのやり方も拙いかもしれないが挙国一致して災害復興にあたるべき時の政治家の言動としてはあまりにもお粗末すぎる。将来に対する明確な展望が無いことも幕末の水戸藩の指導者と大した変りはない。これでは国際社会から取り残され躍進著しい中国やインドのずっと後ろを歩くことになってしまうだろう。
(平成２２年９月記）

５．参考文献

　桜田門外ノ変（上・下）　　吉村　昭　　　新潮文庫
　　
　天狗争乱　　　　　　　　　　吉村　昭　　　新潮文庫
　　
　水戸藩のあゆみ　　　　　　鈴木　暎一　筑波書林　　ふるさと文庫

　水戸朋党の争い　　　　　大録　義行　筑波書林　　ふるさと文庫

　市川勢の軌跡　　　　　　　市村　真一　茨城新聞社　いばらきBook2

　下仁田戦争回顧　　　　　大塚　政義　下仁田町教育委員会

　忠が不忠になるぞ悲しき　穂積　忠　　　日新報道
　　（水戸藩諸生党始末）

６．関連年表

　1860　万延元年　３月　３日　　桜田門外の変

　1864　元治元年　３月２７日　　藤田小四郎、筑波山で挙兵
　　〃　　　〃　　　７月１９日　　蛤御門の変
　　〃　　　〃　　　８月　４日　　水戸藩主名代松平頼徳江戸出発
　　〃　　　〃　　　８月　５日　　第１次長州征伐はじまる
　　〃　　　〃　　　８月１６日　　松平頼徳那珂湊に入る
　　〃　　　〃　　　９月２７日　　松平頼徳水戸に召喚される
　　〃　　　〃　　　１０月　５日　　松平頼徳切腹させらる
　　〃　　　〃　　　１０月１８日　　第3次部田野原の戦
　　〃　　　〃　　　１０月２３日　　大発勢の降伏
　　〃　　　〃　　　１１月　１日　　天狗党大子村を出発
　　〃　　　〃　　　１１月１６日　　下仁田の戦
　　〃　　　〃　　　１１月２０日　　和田峠の戦
　　〃　　　〃　　　１２月１９日　　天狗党新保宿で降伏

　1865　慶応元年　２月　４日　　武田耕雲斎処刑

　1867　慶応３年１２月　９日　　王政復古

　1868　慶応４年　９月２２日　　会津藩降伏
　　〃　明治元年１０月１日　　弘道館戦争
　　〃　　　〃　　　１０月　４日　　八日市場の戦

　1869　明治２年　４月　３日　　市川三左衛門処刑

　1872　明治５年　７月２６日　　水戸城炎上

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上

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