弘道館2

イバイチの幕末の水戸（９）

[ 弘道館戦争 ]

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４．弘道館戦争

　会津藩が約１カ月の籠城戦の末降伏したのを会津田島に居た市川勢が知ったのは降伏した３日後の９月２５日だった。

　その時会津田島の陣屋には会津藩佐川官兵衛の隊長の下に市川勢、旧幕府軍、長岡藩兵、新撰組の混合部隊が編成されていたが、市川派は直ちに水戸に帰り、会津攻めに加わって手薄になっていると思われた水戸城を乗っ取ることを決めた。また他の旧幕府軍、長岡藩兵、新撰組の面々もそれに追従することになり、佐川官兵衛（会津藩家老）に別れを告げ直ちに水戸に向かって出発した。

　市川勢一行は阿賀野川の上流である水無川を遡り、急峻な山道を越えて那珂川の源流である大川を下り、板室温泉（那須塩原市〈旧黒磯市〉）、高林（那須塩原市〈旧黒磯市〉）、を経て翌９月２６日に片府田（大田原市〈旧湯津上村〉）に着いた。

　一行の人員は約３００名だったと云われるが翌朝未明大田原藩兵など５００名の攻撃を受け、激しい戦闘の末戦死者９名を出して敗れたが、大田原藩兵は追うことはしなかったのでそのまま南下し、那珂川の支流である箒川が那珂川に注ぐ左良土（大田原市〈旧湯津上村〉）に着いた。

　ここには黒羽藩兵が待ち受けていて、再び激戦が行われたが次第に市川勢が優勢になり箒川を渡り、次に水戸領の馬頭（栃木県那珂川町〈旧馬頭町〉）の関門を守る少数の水戸藩士と戦って勝ち、馬頭宿で宿泊した。
　翌９月２８日馬頭を出た一行は高部(常陸大宮市〈旧美和村〉）を通り、９月２９日に大桂大橋付近にあった小野河岸（常陸大宮市）で水戸藩守備隊を破り、再び那珂川を渡って石塚(城里町〈旧常北町〉）に出、そこでも少人数の守備隊を破った。

　一方水戸城では主力の藩兵は会津に行っていたため、市川勢が水戸に帰るとの報に驚き、藩内各地の藩兵を水戸城に呼び戻すとともに、投獄されていた門閥派の家老をはじめ主だった者４０余名を処刑してしまった。

　会津田島を離れてから６日後の９月３０日に水戸に到着した市川勢は翌明治元年１０月１日(新暦１１月１４日)未明、大手門や北側の急坂の上にある柵門などを攻め立てた。しかし水戸藩側は大手門などを閉ざして必死に防戦し、更に城内から激しい銃撃を加えたので市川勢も攻めあぐね、大手門を挟んだ位置にある弘道館に入って応戦した。（写真は大手橋、大手門跡の案内、大手橋から見た弘道館正面）

　数に勝る水戸藩側はその日のうちに市川勢をせん滅しようとし、その日の午後４時頃大手門を開き、多くの水戸藩兵が鬨の声をあげて弘道館正門など３方面から攻撃した。館内では激しい戦いになったが、兵の数で劣る市川勢はじりじりと追いつめられ、夕暮れになったこともあって少し離れた山野辺邸(家老で日立の助川城主だった山野辺主水正の屋敷)に退却し立て籠もった。
　この戦闘により市川勢９０名が戦死し、７８名が負傷した。水戸藩側も８７名が戦死し、１３０名が負傷するという激しい戦いだった。城内から撃ち込まれた砲弾により、近くの重臣の屋敷７軒が焼失した。

　また日本最大といわれた弘道館は文館、武館、医学館などの主要な建物は焼失し、僅かに政庁と藩主の居間である至善堂、正門だけが現在まで残った。(写真は弘道館正門、政庁、玄関正面に掲げてある尊攘の掛け軸、館内の梅林）

　当時の弘道館は現在の弘道館北西側にある弘道館公園から茨城県三の丸庁舎、県立図書館、三の丸小学校を含む広大な敷地を有していた。（写真は武館、医学館跡の水戸市立三の丸小学校正門、文館跡の梅林、調練場跡の茨城県三の丸庁舎付近、弘道館の案内板）

　翌１０月２日夜、水戸城奪還をあきらめた市川勢は山野辺邸に火を放って水戸を後にし、旧幕軍を含む総勢１９０名ほどが銚子に向かって落ちて行った。銚子には高崎藩の陣屋があったが、攻撃に先立ち市川勢に対し降伏勧告を行った。１０月４日夕刻のことである。それに対してそれまで同行した長岡藩士１１名と旧幕府軍９９名は降伏することにしたが、水戸藩士８０名のほとんどは降伏を拒否した。水戸藩に引き渡されて極刑に処されるのが判っていたからである。

　残った市川勢8０名は高崎藩の追撃をかわして飯岡、野中などを通り、１０月６日昼近くに八日市場（千葉県匝瑳（そうさ）市）に着き、福善寺で休憩した。８０名の内２０名は戦傷者だったといわれている。そこで水戸藩の追手約５００名が迫っているとの情報を得て、このままでは全員討ち取られるので、ここで解散して各自落ちのびることに決めたが、最後まで戦いたいという者が４０名以上いたため、市川三左衛門、朝比奈弥太郎などの幹部は彼らと共に最後の戦いに臨むことにした。負傷者１０名ほどは寺に残されたが、追討軍の焼き討ちにより全員焼死した。（写真は現在の福善寺本堂）

　最後の決戦は少し離れた松山村（現匝瑳（そうさ）市松山地区）で行われ、激しい戦いの後、市川勢は副将格の朝比奈弥太郎たち３０名が戦死し、残りの４０名は行方不明となりここに市川勢は壊滅した。追討軍は戦死した２５人の首を切り持ち帰った（残りの５名は傷を負い、逃げる途中に亡くなった）。村人たちは首のない死体を憐れんで埋葬し、戦死二十五人墓との墓石を立て供養したものが脱走塚として残されている。

　首領の市川三左衛門は血路を開いて旧知の高野村（現横芝光町）に住む剣客の大木佐内を頼り、暫らくその庇護を受けた後東京まで逃げた。しかし明治２年に捕縛され同年4月に逆さ磔という残虐な処刑がなされた。辞世の句は「君ゆえに　すつる命はおしまねど　忠が不忠になるぞ悲しき」である。今から思えば時代の波に翻弄されたひとりだった。大木佐内は八日市場の文武館で子弟を教育していたが大正十四年に亡くなった。福善寺に講道館柔道の創始者嘉納治五郎の書で「文武両道大木佐内先生の碑」という顕彰碑が建てられている。(写真は大木佐内の碑)

　市川三左衛門が処刑されたのは慶応元年２月に天狗党の乱が敦賀での大量処刑で終息してから５年後のことである。しかしその後も残った諸生党や市川派の者たちは罪人扱いされ、士籍も剥奪された。そして明治２年７月ごろまでに３００人ほどが処刑されたと云われている。

その後復籍が出来ることになり、明治２５年までに５００人以上が戸籍を得、法的には社会復帰したが、水戸に残った者は息をひそめて暮らし、故郷を捨てて他卿に移った者も数多くいると云うことである。

　水戸市八幡町の祇園寺には市川三左衛門と朝比奈弥太郎の墓がある。また墓地入口には水戸戊辰殉難慰霊碑が昭和９年に建立されている。建立の中心だった人物は弘道館戦争で天狗派に属し、諸生派を攻撃して被弾重傷を負った室田義文氏で　「天狗、諸生両派ともその誠忠に至っては毫も異ならざるものである故に、両者の霊を併せ祀るは後人の為すべき務である」　として｢恩光無邊｣の篆額(てんがく）を揮毫（きごう）し建設資金の援助も行っている。碑の裏側には殉難者５２５名の氏名が刻まれている。また慰霊碑建立後６０年を経た平成６年に、有志による慰霊が行われ｢由来碑｣が建てられている。（写真は市川三左衛門の墓、水戸戊辰殉難慰霊碑、由来碑）

　水戸藩の幕末の争乱では天狗党の側は明治以後復権され、その悲劇も大きく取り上げられているが、それと対立した諸生党側の事跡は殆んど抹消され悪役としてしか取り上げられていない。しかし立場は違っても国を思い藩を思う気持ちは同じようにあった筈であり、何を以て正邪を定め善悪を判断すれば良いのか、考えさせられることが多い。
　天保１０年(1839)の水戸藩家臣団名簿には３，４４９人の名が記されていたが、慶応４年(1867)には８９２人に減っていたとのことである。いかに水戸藩内の抗争が激しかったかを物語っている。

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