木内 昇 の 「万波を翔ける」 を読んで
 

2019年10月14日 (月)
万波を翔る  木内 昇  日本経済新聞出版社  2019年8月発行

 木内昇(きうちのぼり)は2011年(平成23年)に「漂砂のうたう」で直木賞を受賞した作家である。
 平成28年に「光炎の人(上・下)」という本で初めて木内昇を知り、ホームページに感想文を書いて以後愛読している作家である。今回、図書館で新刊を手に取り、迷わず借りることにした。

 「万波(ばんぱ)を翔(かけ)る」は、幕末のペリー来航により新設された外国奉行の下で働いた田辺太一を主人公にした小説である。

 長い鎖国の後、開港によって何もかも暗中模索で進めた外国局の欧米諸国との折衝の様子、国内での朝廷側の攘夷と幕府側の開国案との対立、更には薩長を応援するイギリスと幕府を応援しようとするフランスの動きなどの内憂外患の中でいかにして失敗をしながらも国益を守るのか、目が離せない状況が続く。

 主人公の田辺太一は実在の人物で、外国奉行水野忠徳の下で横浜開港事務に関わり、小笠原諸島の領有権を主張し始めていた頃、水野が咸臨丸で同諸島に赴任し測量を行った時に随行した。この測量が小笠原諸島の日本領有の大きな手掛かりになった。

 その後、朝廷側からの攘夷要求による横浜鎖港交渉のため外国奉行池田長発に随行しフランスに渡ったが使命を果たせず帰国したため奉行等と共に免職閉門処分となった。

 その後再任され慶応年にパリ万国博覧会に出展した幕府の派遣使節に随行したが幕府とは別に薩摩藩が独自に出店し、幕末の政争がパリにまで飛び火した格好になった。

 その帰国途中で幕府が大政奉還したとの報が入り、田辺も致仕することになった。

 文中時間稼ぎと引き延ばしに終始する老中たちの無能と危機的状況に全力を傾けて懸命にやり取りする幕臣たち、経験不足から欧米諸国から要求に対抗できない苦い経験と愚かさ。

 さらに弱体した幕府と尊王攘夷を掲げる朝廷とそれを支援する有力諸藩との争いなどの苦難の中で諸外国の要求と対峙して行こうとしていることが良く判る。

 しかし幕府の俊英たちも幕府あっての自分という価値観に囚われており、幕府や諸藩という枠組みから抜け出せなかったのである

 田辺が最後に外国局で書類の整理をしている時、以前の上司である閉門中の水野と会った。水野は幕府として譲れぬところは守らねばならぬと言う。わが国には独自に恵まれた素晴らしいものが山とある。それを守りながら次に進まねばならぬ。政をなす者が常に一番に考えるのは自国の民のことでなければならぬ。むやみに異国と競い合うのではなく国をよりよく保つためにはどのように異国と付き合えばよいのか、模索していくことこそが真の外交だと。

 田辺はその水野の話に触発されて前例のない手探りの仕事で誤ったことも多々あり、幕府外交を進めたが、それを糧にしてより有益な仕事をして欲しいという考えで、のちに外交指南書と言われた書類をまとめて勝海舟に手渡した。
 それが縁で新政府の外務省からの要請により入省を決意するところで終わる。
 
 翻って現在の国際状況を見ると韓国との関係、北朝鮮やアメリカとの関係、そしてノーベル賞を受賞したリチウムイオン電池の発明による化石燃料の減少などへの期待、など現状の諸問題から初心に帰って新しい枠組みをいかにして造って行くかが今後の課題になって行くのだと思わせる好著である

 
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