源氏物語(巻六) 瀬戸内寂聴訳     2020年11月20日 (金)







 源氏物語「巻の六」には「源氏物語五十四帖」のうち、三十四帖 「若菜(上)」、三十五帖 「若菜(下)」の二つの帖だけである。「巻の六」はそれだけ中身の濃い巻であることが判る。前の巻の 「藤裏葉」で栄華の絶頂に立った源氏がはじめて人生の苦悩を味わうことになる。 
(写真は左から表紙、扉、「若菜(下)の口絵)

 その概要と読後感は次の通りである。

三十四帖 「若菜(上)」 (源氏39才〜41才)
 前の帖で六条院に行幸した朱雀院は、体調を崩し強く出家を望むようになった。しかし後見人の居ない愛娘女三宮の将来が心配で、あれこれ悩んだ末、源氏に姫を託すことを決心した。一度は固辞した源氏だったが、正室として姫を受け入れることになった。それまで正妻格として認められていた紫の上は、自分の立場の心細さを痛感して激しく動揺すのだった。

 年が明けて源氏の40才の賀が盛大に催された。2月半ばに女三宮が六条院に降嫁したが、あまりの幼さに源氏は失望してしまう。 紫の上は悲しみを内に秘めて、次第に出家を望むようになる。
 
 朱雀院の出家で、寵愛されていた朧月夜の君が、元の右大臣邸に戻っていた。源氏は以前の政敵の娘との恋で須磨・明石に蟄居した原因を思い出して会いに行き、結局よりが戻ってしまった。しかし彼女は密かに朱雀院の後を追い、出家することを考えていた。

 入内した明石の姫君は懐妊し六条院に下がってきていたが、翌年3月、東宮の男の御子を出産し、明石の君とその母親の尼君は大喜びだったが、父親の明石入道は宿願を果たしたとして、山に入り消息を絶ってしまった。

 同じ3月末、六条院の蹴鞠の催しに参加した柏木は、偶然に唐猫が御簾をひっかけて引き上げてしまい、その奥にいる女三宮を垣間見て、三宮への思いを募らせる。

三十五帖 「若菜(下)」(源氏41才〜47才)
 女三宮を忘れられない柏木は、東宮に頼み込み女三宮の猫を借り受け、女三宮の代わりとして愛玩するのだった。

 それから5年の月日が流れて源氏46才の時、在位18年の冷泉帝は重い病気にかかったこともあり俄かに退位され、今上帝(朱雀帝の子)が即位された。東宮には明石女御の御子一の宮がなった。太政大臣も辞職することにし、天下の政務は髭黒の左大将が右大臣に昇進し行うことになった。夕霧の右大将は大納言に昇進した。

 柏木は中納言に昇進し、女三宮の異腹の姉、女二宮(落ち葉の宮)が降嫁していたが、女三宮への思いが深くて心が満たされず、女三宮のことを思い切れないでいた。

 年が明けて朱雀院の五十才の賀を催すことになり、その練習に女だけの楽を催したが、その直後に紫の上は心労から、重い病にかかってしまい、驚いた源氏は付きっ切りで介護をするのだった。

 その間に柏木はかねてからの思いを遂げるべく、小侍従という女房の手引きで女三宮に逢いを懐妊させてしまう。女三宮は思いがけない事態に茫然自失し、源氏に知られることを恐れ泣くばかりだった。

 紫の上は一時重体に陥るのだが何とか息を吹き返す。紫の上が小康状態になった頃、源氏は久し振りに女三宮のところに行き懐妊を知り不審に思った。

 源氏は女三宮の部屋で柏木からの手紙を見つけ、事の次第を知ってしまう。真相を知られたことを知った柏木は身も心も凍る気持ちになり宮中にも行けなくなってしまった。

 延期されていた朱雀院の五十才の賀の試楽が行われた日、病を押して出席した柏木は、源氏から痛烈な皮肉を浴びせられて心がかき乱され、そのまま重病に陥ってしまった。

 病から小康状態になった紫の上は再三出家を希望したが、源氏に許されなかった。一方朧月夜の君は源氏に話すこともせず朱雀院の後を追って出家をしてしまった。

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 この巻では最初に朱雀院が気分がすぐれず出家しようと思うようになったが、幼い娘の女三宮のことが気がかりで、源氏の後見を得るために女三宮を降嫁させようとするところから始まる。この時朱雀院42才、源氏39才の年の暮れだった。

 女三宮の降嫁に煩悶する紫の上、東宮の御子を出産する明石の姫君(明石の女御になっている)の喜びの明暗相反する中で、柏木が女三宮に懸想するようになり、その中で源氏40才の賀が行われるなど波乱を思わせる「若菜(上)」である。

 「若菜(下)」では猫を女三宮に見立てて愛玩する柏木の異様な行動から始まる。
 しかしその後しばらくの時を隔てて源氏46才になり、紫の上は37才の厄年を迎えた。冷泉帝が譲位し、東宮が新帝になり、明石の女御の第一皇子が東宮になった。

 その後の紫の上の将来を悲観したことから引き起こされた大病とそれに乗じた柏木の行動による女三宮の妊娠、それを知った源氏の思いと悩み、柏木の恐れ、女三宮の苦しみ。三者三様が苦しみを抱えて途方に暮れるばかりだった。

 訳者の瀬戸内寂聴は、『源氏は「亡き桐壺院も今の自分と同じように、お心の内では何もかもあの藤壺の宮との密通のことを御承知でいらして、その上でそ知らぬふりをなさっていらっしゃったのではないだろうか。思えば、あの昔の一件こそは、なんという恐ろしい、あるまじき過失だったことか」と自分の過去の例を思い出すにつけ、「恋の山路」は迷うものなので、それに迷う人を非難するなど、出来た義理かという気持ちもある』と書いている。

 源氏は若い頃犯した自分の不義密通と同じような柏木の行動に因果応報を感じ、また若いころの無分別を思い出すのである。

 また朱雀院の娘を溺愛する気持ちが、女三宮の後見を望んで源氏に降嫁させるという思い切った行動になり、それによって37才の厄年を迎えた紫の上は実子も無い不安定な自分の立場を考えると、源氏の愛が薄れる前に出家をしたいと考えるようになる。

 しかし出家者は性交を絶たねばならないという仏教の戒律が生きていたこの時代、源氏はそれを許さず紫の上は重い病気になってしまったのである。

 この巻六、「若菜(上・下)」はそれまでの明るく華やかな場面から重く暗い場面が多くなり、源氏と葵の上も年齢を重ねて、明らかな転換点に差し掛かっているのである。

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(以下次号)