白馬三山,後立山縦走 イバイチの
旅のつれづれ


白馬三山から後立山縦走

 前回までに昭和30年代に尾瀬、南ア、北アの山旅をした記録をアップしたがその続きである。前回も記したように50年以上前の記録であり、交通事情や登山器具、機材やカメラなどもだいぶ変わっているのでその辺を斟酌して読んで貰いたい。
 何しろ休日は日曜祭日のみ、カメラはデジカメなど無く、35ミリ一眼レフで白黒写真だけ、携帯電話は勿論無く、電車は4等寝台と称して夜行列車の床にごろ寝、山小屋でも米やシェラフ持参の時代である。
 しかし山頂からの素晴らしい景観は変わる事無く、行き交う人と挨拶し、小人数の時は同行し、ひと時の会話を楽しむ事などは現在の登山ラッシュでは考えられない事かもしれない。とにかく今思いだしても山に居る時は仕事を忘れ、日常から離れた世界に身も心も没入した感じになるのである。
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 平成24年(2012)から55年前の昭和32年(1957)7月15日から18日までの4日間、初めての北アルプス行きを計画した。後立山縦走である。それ以前は尾瀬、谷川、八ヶ岳、八甲田、吾妻連峰などの、本格的登山の準備段階の山旅の感じだった。今回は同好の友が見付からず初めての単独行でもある。当時は新宿を23時50分かに発車する中央本線の夜行列車に乗ると夜明けに松本駅に着く。そこから更に大糸線に乗り換え、信濃四ツ谷駅からバスで白馬登山の玄関口の猿倉まで行くのである。

 そこから白馬大雪渓に取り付いて白馬岳目指して登るのだが、その年は雪が少なかったため、観光写真などにある純白の雪渓を踏みしめて歩くイメージと違って、雪渓の幅は狭くまた黒く汚れていた。前方を見上げると登山する人たちはまるで蟻のように雪渓の中の踏跡を一列になって辿り、その人の列は遥か遠くの尾根道に繋がる曲がり角まで続いていた。 (写真は左から大雪渓を登る人々、小雪渓の先の杓子岳、山稜から見下ろす大雪渓)

 大雪渓を登りきると、ハクサンイチゲ,シナノキンパイなどの高山植物が華やかに迎えてくれ、やがて白馬山荘に着く。小屋にリュックを置いて白馬山頂(2,990m)に立ったのはもう6時近かった。(写真はハクサンイチゲの群落)

 空は晴れて槍ヶ岳までの北アルプスの主な山がずっと見渡せる。まず眼前には剣岳の鋭峯を中心に立山連峰が聳り立ち、その間の黒部の深い谷は雲海に覆われている。左手には近くに杓子,鑓ヶ岳、そして唐松,五竜,鹿島槍ヶ岳から右にカーブした針の木岳まで続く後立山連峰が連なり、その遥かかなたには槍ヶ岳の特徴ある山容が浮かんでいる。3千米の山の澄み渡った空気もやがて暮色に包まれ、寒さに身震いしながら小屋に戻った。(写真は白馬山頂からの剣岳、同じく山頂からの黒部の深い谷を隔てた立山連峰(左)と毛勝三山(右)、同じく山頂からの杓子岳,鑓ヶ岳,鹿島槍の眺望)

 翌朝から愈々白馬岳から杓子岳,鑓ヶ岳の白馬三山を振出しに、後立山連峰の縦走である。日本最高地点にある鑓温泉への道を眼下に見ながらやがて天狗の大降りを300mも下り、その名も恐ろしい不帰(かえらず)の嶮に差し掛かる。丁度霧が懸かって薄暗くなった中を緊張しながら曲がりくねった岩場の径を進み、鎖などに縋りながら第一から第三まであるピークを乗り越えると視界が開け、縦走路は大きく迂回し唐松岳(2,696m)への登りにかかる。(写真は白馬鑓ヶ岳への縦走路、白馬鑓山頂からの五竜,鹿島槍,爺ヶ岳方面、不帰の険第1峯)

 唐松岳山頂で一息ついていると霧が晴れてきて八方尾根からの登山道が遥か下から続くのが眺められた。唐松小屋の付近から元気のよいヤッホーの掛け声が聞こえてきた。唐松岳から大黒岳を過ぎ遠見尾根からの登山道と合流した所に五竜小屋がある。もう夕刻になり疲れきった足取りで小屋に入った。五竜岳は眼前に大きなごつごつした岩の重なりとして聳え立ち、明日のアルバイトを思わせる。夜、外に出ると満天の星の下、剣岳の鋭い岩稜が黒く溶け込んでいた。(写真は唐松岳山頂からの唐松小屋方面)

 明くれば上天気、ごつごつした岩肌は朝日に照り映えて黒褐色に輝き、夏山の持つ強烈な匂いを発散させる。時折岩の僅かな隙間から小さい花が顔を覗かせて汗にまみれた気持ちを和やかにしてくれる。五竜岳(2,814m)の頂上に立つと残雪の剣岳に一際長く長次郎雪渓が延びているのが良く見えた。(写真は五竜中腹からの雲海の眺め、五竜山頂からの剣岳)

 行く手には長大な馬鹿尾根を隔てて、双頭の鷲のように2つのピークを持った鹿島槍が偉容を示している。左手の北槍の下は高難度の岩登りで知られる北壁で、そこから吊り尾根で結ばれて最高点の南槍がある。五竜から見た鹿島槍は後立山の盟主としての毅然とした風格のある山容をよく示しており、何時までも見飽きることは無かった。しかしそこに行き着くには深くえぐれた八峯キレツトの難所を通らねばならないのである。(写真は縦走路にある八峯キレツトの先に聳える鹿島槍、五竜岳山頂からの鹿島槍)

 八峯キレツトはアップダウンは多いが特に困難は無く乗り越え、鹿島槍山頂に着く頃にガスがかかってきて、爺ヶ岳から針の木岳に続く稜線が現われては消えるようになった。双耳峰を持つ鹿島槍の北槍(2,842m)から吊り尾根を通って最高点のある南槍(2,889m)に行く時はすっかり乳白色のガスの中で、道筋を示すケルンを頼りにやっと最高点に到達したが何も見えないのは残念だった。

 後立山連峰はこの後爺ヶ岳(2,670m)を経て、針の木岳(2,861m)まで続くのだが、日程と資金の関係で此処から先は最初から諦めて帰ることにしていた。冷池(つべたいけ)小屋から縦走路を離れ、なだらかな径を下った。下るに従い黒部の渓谷を隔てた剣岳が屏風の様に高くかぶさってくるように見える。やがて樹林帯に入り冷沢を経てバスの終点になっている大谷原まで一気に降りた。五竜小屋からここまでは普通のコースタイムは14時間とのことだが、そこを約11時間で踏破したことになり、先に下山してバスを待っていたグループの人に随分早いと驚かれた思い出がある。

 今回の山行きは後立山縦走というだけあって、毎日黒部の深い谷を隔てて眼前に現れる剣岳を盟主とする立山連峰の印象が強烈である。後日、立山から剣岳に登り仙人池に降りるコースの登山計画を立て、立山に登り別山乗越から剣沢キャンプ場まで行ったのだが、悪天候のため剣岳には登る事が出来ずに室堂から富山に帰ることになってしまった苦い思い出がある。

 今回の山旅でとりわけ印象の深い双耳峯を持つ鹿島槍について、深田久弥は 「きりっとした品の良い美しさは見飽きる事が無い。」 と「日本百名山」で書いている。更に 「美しいといっても、笠ヶ岳のように端正でもなく、薬師のように雄大でもなく、剣岳のように峻烈でもない。そういう有り合わせの形容の見つからない、非通俗的な美しさである。粋でありながら決して軽薄ではない。大ざっぱに山を見る人には見落とされがちな謙遜な存在であるが、 いったんその良さがわかると、もう好きで堪らなくなる、そういう魅力を持った美しい姿である。」 と絶賛しているのは同感である。小生にとっても鹿島槍は何時までも忘れられない山のひとつである。

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思い出の山旅


1白根三山縦走

2裏銀座,槍穂高
  縦走


3尾瀬から
   会津駒へ


4後立山縦走

5仙丈,甲斐駒,  鳳凰

6奥秩父主峰縦走

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