松代2

上州富岡から信州松代へ (3) 松代城、文武学校など

イバイチの
旅のつれづれ

松代町松代城(海津城）跡

 長野電鉄屋代線松代駅を挟んで市街地の反対側に松代城(海津城）跡がある。この城は川中島合戦の前年である永禄3年（1560）に山本勘助が海津城として築いたと伝えられ、川中島の合戦ではこの城から武田信玄以下2万の軍勢が上杉謙信陣取る妻女山に向かったとされている。今年は松代城開府450年にあたり、記念行事もあるらしい。　　(写真は太鼓門正面と城の解説板）
　城跡は平地にあり、天守などの建物もないので直ぐ近くまで行かなければ判らない。江戸時代には上州上田から移封された真田家が幕末まで城主だった。明治初期に取り壊されたが、その後城門や石垣などが復元され、国の史跡に指定されている。二の丸から内堀に架かる前橋をわたると本丸入口の太鼓門があり、桜の木が多く植えられている本丸跡に出る。(写真は太鼓門と前橋、本丸内部からの太鼓門、本丸内部の桜の木)

　本丸跡には大きな「海津城跡之碑」や大正時代に建てられた「松代開府三百年記念碑」が建立されてる。　搦め手側には北不明門と呼ばれる門が復元されている。北不明門の外側が三の丸であり川中島合戦の頃はその外側が千曲川の河川敷になっていたので｢水の手御門｣とも呼ばれていた。しかし度重なる水害のため江戸時代に大規模な改修工事を行って現在の流れの位置に変え、旧川筋を外堀にしたという。本丸東側には東不明門と呼ばれる門があり、二の丸に通じていたのだが、門前の橋だけが復元されている。(写真は海津城跡之碑、三百年記念碑、戌亥櫓から見下ろした北不明門付近、東不明門前橋)

　本丸跡と二の丸の一部の復元工事は平成7年から平成15年にかけて行われたそうであるが、実質城の天守閣だった戌亥櫓や城主の御殿などの建物は復元されていないので、川中島合戦の頃の海津城、江戸時代の松代城という二つの顔を持つ城の全貌は訪れる人の想像に任せられている。しかし復元された石垣、城門、橋などを見ると築城当時の海津城の面影が色濃く残っているようだ。この城の外側に千曲川が滔々と流れている風景を思い浮かべるとはるかに戦国時代に遡って行く気がする。

真田公園

 　松代城跡と線路を隔てて｢池田満寿夫美術館」がある。この付近に三の堀が巡らされ三の丸の大御門があったそうで、松代城はだいぶ大きな城郭だったようである。｢池田満寿夫美術館」と道を隔てて松代観光案内所、松代物産館や真田邸、真田宝物館がある真田公園に行く。「真田邸」は江戸時代に参勤交代制が改められ、藩主の妻子を江戸に留め置くことが緩和された時、当時の藩主の母堂を江戸から迎え入れるために、三の堀南側に隣接して造られた邸宅で、全国でも類例の少ない江戸末期の庭園を有する御殿建築として松代城跡と共に国の史跡に指定されたものである。(写真は真田邸表門、真田公園側からの真田邸)
　しかし３カ月後参勤交代制が旧に復したため、藩主の母堂は再び江戸詰になってしまったとのことである。明治以後は真田家の私邸として使用されていたがその後市の管轄になった。庭園が素晴らしいと聞いていたが現在は修復工事が行われており、その一部を垣間見ることしか出来なかった。修復は間もなく終わり、本年（平成２２年）９月２１日から全面公開予定である。(写真は庭園の一部と池の先にある屋敷）

　真田公園の中に「恩田木工（もく）民親（たみちか）の像」が置かれている。真田藩の財政再建に尽力した恩田木工については、作者不詳「日暮硯（ひぐらしすずり）」、池波正太郎著「真田騒動－恩田木工」などにより、知っている方も多いと思うが、知らない方は「新訂日暮硯 - tokyokidの【書評・論評】日記（http://d.hatena.ne.jp/tokyokid/20070123) 」にあらすじと解説が簡明に記されているので参考にされるとよい。恩田木工は時の藩主真田幸弘に抜擢されて治世にあたったがその任期の５年を過ぎた時、病を得て亡くなってしまった。文字通り身命を投げ打って職務に邁進したのである。「日暮硯」は真田藩士によって著され、その事績は江戸時代から写本によって流布され広く知られていた。

松代文化財ボランティアの会（大本営建設跡地の話など）

　真田公園から文武学校に向かった。入場料２００円を払って観る価値があるのか迷いながら周りを見回すと、文武学校の右向かいに旧白井家表門の看板が掛かっている旧家があった。そこに「ボランティアによる湯茶の接待あり」と書かれてあったので、丁度のどが渇いており入ってみることにした。
　松代には文化財ボランティアの会があり、旧白井家表門内の台所で、湯茶の接待やガイドなどの活動をしているのである。中に入ると早速ボランティアの人から「どちらから来ました?」と尋ねられ、「水戸からです」と答えると、「ここの文武学校は水戸の弘道館をモデルにしたのですよ」と言う。水戸弘道館は幕末の天保12年(1841)徳川斉昭によって水戸藩の藩校として作られ、文武両道を教育方針とし、馬術や剣道という武道のほかにも、広く諸科学、諸学問を教えていた。ボランティアの人の話では、幕末に活躍した松代藩の佐久間象山が水戸藩の藤田東湖と知己だったため、その伝手で弘道館を調べに行き、安政2年(1855)に開校したそうである。

　松代については、昭和４０年から昭和４５年まで続いた松代群発地震の印象が強くあったのでその話をすると、一日に何十回から何百回揺れるのでノイローゼになる人が多く出た話や文武学校の瓦を下して倒壊の危険を防いだ話などを聞かされた。それについては大本営建設跡地にある精密地震観測室が中心になって観測し、その後の地震予知に大きく貢献したということだった。松代群発地震は５年間で有感地震が６万回以上もあったが、大きな地震は少なかったという。
　またここは太平洋戦争末期に本土決戦の最後の拠点として、大本営を建設移動しようとした大本営建設跡地がある場所でもある。その内容は大本営と天皇・皇后両陛下を本土奥地の松代に移すために、松代町周辺の３つの山に地下壕を築こうとして昭和１９年１１月に着工し、翌昭和２０年８月の終戦の日まで延べ３００万人の住民と朝鮮人を動員し、１日３交替で工事を進めたのである。しかし総延長１０km以上、計画の７５％の時点で終戦になり工事は中止された。
　松代が選ばれた理由は、(１)本州の陸地の最も幅の広いところにあり、近くに飛行場がある　　（２）固い岩盤で掘削に適し、10t爆弾にも耐える。（３）山に囲まれていて、地下工事をするのに十分な面積を持ち、広い平野がある。(４)長野県は労働力が豊かであるの他に、長野県の人は心が純朴で秘密が守られるとか、信州は神州に通じ、品格もあるなど理由にもならないことも挙げられたという。
　３ヶ所の地下壕のうち、「舞鶴山地下壕」が前述の日本最大規模の精密地震観測室として活用され、「象山地下壕」の一部はボランティアの人の案内で見学できるそうである。もう一つの地下壕は群発地震の震源地になった｢皆神山地下壕」だが、落盤が多く立入禁止である。（写真は象山地下壕入口と案内板～ウィキペディアからの引用）

　そのような話を、梅干しのお茶受けでお茶を飲みながらボランティアの会の人たちから聞かされた。その後引き続き文武学校の案内をして貰うことになった。
松代文化財ボランティアの会のホームページは（http://www.grn.janis.or.jp/~ma-vol/）である。

松代藩文武学校

 　前に述べたように松代藩では佐久間象山らの意見を取り入れて水戸弘道館に範をとり、文武両道が学べる藩校を建て、安政２年(1855)に開校した。現在は一部復元したものの、文学所、御役所、教室２棟、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所、文庫蔵、番所、門からなるほぼ開設当時のままの構造が残っている。建設時の建物が全て現存し当時の面影を残している所は少ないということで、国指定史跡になったそうである。
　入口の正面には大きな文学所の建物がある。ここでは８才から１４才までの藩士の子弟が漢学を学んでいた。毎年藩主や重役が出席して試験が行われるが、その成績の結果が子弟の将来を左右し、あまり成績が悪いと相続にも影響があると言うので畳敷きの廊下は心配顔の父兄でいっぱいになるそうである。(写真は文学所)
　剣術所・柔術所・弓術所・槍術所等各武道所の両側には畳の部屋がある。そこには各流派の先生方が座る場所である。また年1回の試験は藩主が見分するが、その場所は廻りの部屋より少々床が高くまた天井が張られている。 (写真は槍術所、左側中央の部屋が藩主の間）
　弓術所は弓を引く場所と的場との間にネットが張ってあった。理由を聞くとすぐ後ろが学校になっており、約2mから2.5mの高さにあるネットの下辺から上に行くと、学校まで矢が飛んでしまうのだということだった。的場までの距離は昔から28m（15間半）と決められているそうである。的を狙うには山なりにするイメージだったが殆ど直線に近い位置を狙うのだということで矢の速さ、強さを良く認識させられた。
　文学所の左右には東序・西序と呼ばれる教室がある。東序では兵学と砲術をフランスの教典から学び、西序では東洋医学・西洋医学などを学んだそうで、幕末ならでの教科になっていた。この文武学校は廃藩置県によってその役目が終わったのだが、その後は松代小学校の校舎にもなり、昭和５４年から一般公開されているという。(写真は西序）

池田満寿夫美術館

 　松代探訪の最後に、真田公園と松代駅の間にある池田満寿夫美術館に立ち寄った。池田満寿夫は昭和９年(1934)に満州の奉天で生まれだが、母の郷里である長野市に引揚げ、高校卒業まで過ごした縁でこの地に建てられた。しかしこの美術館の開館１か月前の平成９年(1997)３月に６３才で急逝し、美術館開館のために製作した｢土の迷宮｣シリーズの陶芸品が最後の作品になった。(美術館外観と入口）
　池田はヴェネツィア・ビエンナーレ展版画部門で国際大賞を受賞して世界的に脚光を浴びた版画家だが、小説では「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞し、それを原作にした映画の監督と脚本を担当した。後年は陶芸にのめり込むなど多方面に足跡を残した芸術家である。
　美術館では版画とコラージュなどを組み合わせた特別企画展｢組みあわせの達人」の展示が行われていた。しかしウォーホ－ルやマルグリットに通じる抽象的な現代美術の作風は具象の作品にじっくりと浸りたい小生の趣味には合わず、このような作品を残した人なのかと思うばかりだった。

　しかし松代全体の印象は、戦国時代の海津城、上田から移封された真田家の盛衰、幕末の文武学校、太平洋戦争の遺跡である大本営移設予定地下壕跡、そして池田満寿夫美術館に至るまでエポックメーキング的な事象が数多くあり、一日ゆっくり散策するには好適の場所だと感じた。

(H２２－７－１２訪）

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