平成28年3月に読んで印象に残った本     2016年 3月26日 (土)
「海賊とよばれた男」上・下 
                   百田 尚樹 2012年〈平成24〉7月発行

 平成25年(2013)の本屋大賞を受賞した作品である。内容は出光興産の出光佐三をモデルにした国岡商店の店主である国岡鉄造が敗戦でほとんど無一物になった中から従業員を一人も首にせず、慣れないラジオ修理などをしながら営業を続け、業界の圧力を跳ね除けて自主路線を貫きながら石油の販売から精製まで行うようになって行く話である。

 この中でのハイライトは世界に先駆けてイランから石油を購入した事である。

 昭和26年に当時世界最大の埋蔵量があるとされていたイランが、イギリス資本に抑えられて充分な利潤があげられないのに反発して、石油の国有化を宣言した。それに対抗してイギリスは石油買い付けに来たタンカーを撃沈すると表明するなどして事実上の経済封鎖を行っていた。

 一方日本では石油メジャーの圧力により独自ルートで石油を自由に輸入することが困難であり経済発展の足かせになっていた。その時、国岡鉄造は、イランに対する経済制裁の国際法上の正当性はないものと判断して、昭和28年に自社の持つ日章丸というタンカーを秘密裏にイランに派遣し、イギリスの海上封鎖を突破して日本に石油を持帰った。

 それが世界的に石油の自由な貿易が始まる嚆矢となり、当時武器も持たない日本の一民間企業が世界第2の海軍力を有するイギリス海軍に挑戦して成功したということで世界的に大きな話題になった出来事である。

 モデルになった出光佐三の考え方は人間尊重である。入社した従業員の人格を尊重し、また鍛錬し、国のため人のため働き抜くことが最初にあって種々の方針や手段はそこから派生的に出てくると考えている。また大家族主義で、店内の全ての事例は親であり子であり兄であり弟であるという気持ちで解決していく。次に仕事は全員がその持ち場持ち場で自分の仕事の範囲では全責任を負っていると考える。また仕事は事業を目標として金を目標とするなとも言っている。

 現在の出光商会の経営理念を見ると、まず「経営の原点」があり、「出光は、創業以来『人間尊重』という考え方を事業を通じて実践し、広く社会で期待され信頼される企業となることを目指しています。」として

・わたしたちは、お互いに信頼し一致協力し、「人の力」の大きな可能性の追求を事業で実践することで世の中に役立ちたい。

・わたしたちは、常に高い理想と志を持ち、仕事を通じてお互いに切磋琢磨することで、一人ひとりが世の中で尊重される人間として成長していきたい。

・わたしたちは、お客様との約束を大切にし、何よりも実行を重んじることで、信頼に応えていきたい。

 と記され、その後に「経営方針」と「行動指針」がある。
 しかし、現在の世の中の趨勢はそのような考え方に反することが多く、政府をはじめてとして目先の事しか考えない、人間を尊重しない施策や出来事が殆んどであり、出光のような人がまだまだ必要である。

 今年(平成28年)12月にこの作品が映画化されるそうだが、どのような内容になるのかわからないが、この国岡鉄造の生き方に共感を持ち実践する人が一人でも多くなってもらいたいと思う。

 本屋大賞に選ばれた本は2015年の「鹿の王−上橋菜穂子著」、2014年の「村上海賊の娘−和田竜著」は読んだが、2013年の本書は読んでいなかった。それ以前の2012年の「舟を編む−三浦しをん著」、2011年の「謎解きはディナーのあとで−東川篤哉著」、2010年の「天地明察−冲方丁著」は読んでいたので、今回の本書でここ6年間の大賞作品はすべて読んだことになる。

 それ以前は2004年の第1回「博士の愛した数式−小川洋子著」、2005年の第2回「夜のピクニック−恩田睦著」を読んだ後しばらく読みたいと思う本が無かったので、中断していたが、最近また読み出したのである。「謎解きは‐‐‐‐」以外は全て面白く印象に残っている作品ばかりである。

 2016年の本屋大賞は4月12日発表とのことだが、ノミネートされた10作品はあまり読みたいと思う本ではないので、今回は見送りになるかもしれない。


(以上)

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