3月7日の朝日新聞に識者120人が選んだ平成の30冊という記事があった。平成時代に刊行された本の中からベスト30を選出しようというものである。
1位は村上春樹の平成21年から22年にかけてBOOK1からBOOK3まで刊行され、毎日出版文化賞を受賞した「1Q84」である。また10位に同じ村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」が入っている。そして2位にはカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」が入っていた。
カズオ・イシグロは日系イギリス人で両親とも日本人である。1989年(平成元年)に「日の名残り」でイギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞しており、2005年(平成12年)出版の「わたしを離さないで」でもブッカー賞の最終候補に選ばれている。2017年(平成29年)には「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」という理由でノーベル文学賞を受賞した作家である。。
選ばれた本は小説ばかりでなくノンフィクションや社会科学など様々な分野の本があったが、10位以内に入った小説で読んだ本は、村上春樹の「1Q84」と宮部みゆきの「火車」、小川洋子の「博士の愛した数式」だけだった。
今回読んだ「わたしを離さないで」は村上春樹に続く第2位にランクされており、平成を代表する小説として読まなくてはいけないと思って図書館に予約した本である。
わたしを離さないで カズオ・イシグロ 著 2006年4月発売
土屋 政雄 訳
最初は提供者の世話をする看護人であるキャシーが、外界から隔絶された全寮制の施設で少女時代やその後を回想していくところから始まる。
読み進めるにしたがって、この施設に居る少年少女たちはクローン人間として臓器提供のために造られ生きていることが判ってくる。
その中で主人公のキャシーとその男友達のトミーと女友達のルースの3人を中心にその心の動きや行動は普通の少年少女と変わらないように見える。しかし後半には臓器提供者としての運命から逃れられず、次々と仲間が失われていく。
その哀切さを読みながら一方では戦争のことも考える。先の太平洋戦争の時、日本の若人は召集され命を落とす覚悟があったはずである。また相手国の若者も同じように死の恐怖を持ちながら戦ったものと思う。現在でも世界中で内戦や宗教戦争が行われている。
人間は家畜を育てそれを殺して食べ物にして命をつないでいる。それは家畜は人間とは違うという前提があるからだが、この小説のように正常な人間と同じ容姿のクローン人間が実際に存在したとしたらどうなるのか。
現在はすでにクローン羊、クローン牛、クローン猿が作られているのでクローン人間も夢物語では無くなってきているような時代である。もしかしてクローン人間が出来るかもしれないというという怖さがある。
村上春樹の「1Q84」は月が二つあるという現実とは違った世界のこととして書かれており、「ねじまき鳥クロニクル」も涸れた井戸の底から別世界を見るという前提で書かれているらしいが、クローン人間の話はもしかして将来には現実の問題として具体化されるのではないかという怖さである。
「わたしを離さないで」は平易な文章で現在の男女の交際と同じ語り口で最初から最後まで記されているので、読み易く、考えさせる本であるのも村上春樹とは違うところだろう。
top↑
(この項終わり)