[室の八島]

　曽良旅日記によると、芭蕉と曽良は千住を出てから草加ではなく江戸から９里余の春日部に泊まり、翌２日目は幸手，栗橋と日光街道を歩み続け、春日部から９里先の間々田宿に泊った。３日目の陰暦３月２９日（陽暦５月１８日）には壬生街道に入り、最初の歌枕の地「室の八島」に立ち寄っている。　「おくのほそ道」　にはその間の出来事は記していない。

　私の住まいは茨城県なので、「室の八島」には愛車で国道５０号線を岩瀬町まで行き、二宮町から栃木県の県道４４号線を栃木市に向かって走る。思川にかかる大光寺大橋を渡り、わかりにくい道を曲がっていくと大神（おおみわ）神社に着く。室の八嶋はこの大神神社の境内にある。
　大神神社は大和の三輪山の神を分祀して祭られたものであり、延長５年（９２７年）に成立した「延喜式」にその名が記されているそうである。祭神は大国主命である。またこの神社には総社六所大明神という別称があり、祭神は木の花咲椰姫である。
　木の花咲椰姫は富士の浅間神社の祭神でもあり、「おくのほそ道」　には　「室の八嶋に詣す。同行曾良が曰（いはく）、『此神は木の花さくや姫の神と申て、富士一躰也。無戸室（うつむろ）に入て焼給ふちかいのみ中に､火ゝ出見（ほほでみ）のみこと生れ給ひしより室の八嶋と申。又煙を讀習し（よみならわし）侍もこの謂（いわれ）也----」　と記している。

　この神社の境内には「池の中に島と覚しき八つ残りたり」と伝えられた池があり、それが室の八島である。今ある境内の池は後世の造作だが、かっては池全体が多くの湧水で満たされ、また境内一帯が湿地帯であったため、気温の落差で霧が水煙のように立ち昇っていたのである。この島々を包む水煙から転じて、八島は煙が立ち昇る竈を意味するようになったという。
　古事記によると木の花咲椰姫が無戸室を作ってその中に入って火をつけ、3人の御子を出産した。火ゝ出見尊は2番目の御子である。ついでに言えば長兄は海幸彦、末弟は山幸彦である。その話と煙が立ち昇る室（窪んだ湿地帯の意味）である「室の八嶋」が結びついて平安時代から「けぶりたつ室の八嶋」と呼ばれ、歌枕の地になったということである。

　ここは下野国分寺跡が近くにあり、国府も置かれていた。大神神社は下野惣社一之宮であり、赴任する官人にも知られていたのだろう。室の八嶋のけぶりを恋に身を焼くけぶりに喩えて多くの歌が詠まれ、藤原定家をはじめとして多くの歌碑が建てられている。
芭蕉はここで５句詠んでいるが、その中から煙りを入れて詠んだ　「糸遊に　結びつきたる　けぶりかな」　の句碑が建てられている。芭蕉が行った頃は湧水量も少なく、煙立つ風景は既に無くなっていたせいか良い句は生れなかったようである。

　現在の室の八嶋は、湧水が噴出するこじんまりした池に八つの小島があり、それぞれの島に霊験あらたかな神々を勧請した小さな祠があるばかりで、静寂そのものである。それぞれの小島は朱塗りの弁天橋や石橋で結ばれて箱庭のようである。湧水の辺りだけは少し広くなっており、緋鯉が何匹か泳いでいた。
(H15-10-9訪)

　注１）　写真をクリックすると大きくなります。
　注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
　注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。

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