平泉２

中尊寺
　中尊寺門前の駐車場から杉並木の続く月見坂を、息を切らせながら登る。以前（平成 8年）来た時には月見坂に格別の印象は持たなかったが、急坂に喘ぐのは６年の歳月が過ぎたせいだろうか。中尊寺は藤原初代清衛の造営である。「中尊寺建立供養願文」によれば多くの霊を浄土に導き、みちのくの全土を仏国土に化すことが、父藤原経清を無残に殺され、安倍貞任の妹である母と共に仇である清原家に育てられるという不幸な前半生を送った清衛の大きな悲願だったのである。

　弁慶堂を過ぎ、束稲（たばしね）山・北上川の展望台を過ぎると、参道の右手に束稲山を詠んだ西行法師の歌碑がある。束稲山には安倍頼時（貞任の父）が一万本の桜を植え、以来桜の名所になった。西行は平泉を２回訪れているが、２回目は頼朝に追われた義経が平泉に入ったか入らないかの文治２年（1186年）の訪れである。歌人土岐善麿揮毫の西行の歌碑には、その時詠んだ「ききもせず　束稲山の桜花　吉野の外にかかるべしとは」が刻まれている。因みに芭蕉が平泉を訪れたのは元禄２年（1689）で、義経が死んでから約500年後のことである。

　前回（平成８年）訪れた時は 11月初めで、中尊寺本堂から金色堂にかけて山紅葉・いろは楓の紅葉の盛りで、思いがけず全山紅葉の景観を満喫した。しかし今回は半月程早いせいでまだほとんど色付いておらず、休日にしては人出はあまり多くはなかった。本堂に立寄り、更に山紅葉の木々の間を行くと讃衡蔵という平成１２年に造られた宝物殿がある。ここで拝観券を購入し金色堂に向かう。

　金色堂は人で溢れていた。本来厳粛な阿弥陀堂なのだが金箔が燦然と輝く堂内はどこかうきうきした空気が漂う。人波に押されてなかなか落ち着いて見ることが出来ない。静かな早朝に来てゆっくり鑑賞すればまた違った感慨が浮かぶのかもしれない。
　今年(平成１４年) ５月に行った多賀城の東北歴史博物館で、金色堂の七宝荘厳の巻柱を模した螺鈿と漆塗の柱を見た。間近で触ったりしてその豪華さと精巧な造りに驚いたのだが、本物は保護ガラスに隔てられ距離を置いて見るので、その分感動も少し薄れる気がした。
　金色堂を出るとすぐ、芭蕉が訪れてから５４年後の延享３年に建てられて判読も難しくなっている　「五月雨の　降りのこしてや　光堂」　の句碑がある。この句は曾良本によると、初案は「五月雨や　年々降て　五百たび」だったそうで、芭蕉が「おくのほそ道」の旅に出たのは義経五百年忌を祀りたかったとの説を、丸谷才一が「輝く日の宮」という小説の中で述べている。
　義経が衣川で藤原泰衡に討たれ自害したのは文治５年４月で、芭蕉がこの古戦場を訪れたのは元禄２年５月である。ついでながら、この小説には芭蕉の旧主である藤堂藩の藤堂良忠が蝉吟という俳号を持ち、その俳諧の相手を勤めたのが芭蕉が俳句を始めるきっかけになった。芭蕉２３才の時、蝉吟が２５才の若さで亡くなったのだが、懐かしい思いは生涯続き立石寺での「閑さや‐‐‐‐」の蝉は蝉吟の俳号を思い浮かべて詠んだなどと書いてある。

　さらに経蔵を経て旧鞘堂に行く手前に「おくのほそ道」の中尊寺の文章と｢五月雨の‐‐‐‐」の句を彫った碑がある。これは芭蕉没後３００年（1996）を記念して平成元年に建てられたものである。さらにその先には芭蕉の像が建てられている。
　旧鞘堂前から金色堂入り口を抜けて宝物の陳列してある讃衡蔵に行く。平成１２年新築の建物だが、国宝になっている紺紙金字一切経，金字行と銀字行を交互に写経した中尊寺経、重文の千手観音立像、文殊菩薩像などの宝物が展示されている。(写真は紅葉の経蔵(平成８年撮影)、と中尊寺の段と句を記した碑、奥に芭蕉の像が見える）

　中尊寺の諸堂は奥州藤原氏が滅びた文治５年（1189）以後も毛越寺，無量光院の堂宇と共に存続しており、吾妻鏡にはその壮大な寺領の詳細が報告されているが、それから約１５０年後の建武４年（1237）に火災が発生し、金色堂を残して中尊寺のすべての建物が焼失した。と現存する鐘楼にある康永２年（1343）に鋳造された梵鐘に記されているとのことである。
　毛越寺，無量光院の堂宇については現存する資料は無い。しかし奥州藤原氏滅亡の後、保護する者も無く荒れ果てて行き、度々の火災により徐々に衰亡していったのだろう。ここにも豪壮絢爛たる多くの寺院がその姿を後世に残すこと無く「夢のあと」を偲ぶだけになってしまった無常をしみじみと感じてしまう。いろいろ考えていると、時間は瞬く間に過ぎ去り、門前で遅いそばの昼食を摂り毛越寺に向かった。
　(H14-10-14訪）

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注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。

H21-10-25 作成

H21-10-25 作成　