落花 澤田 瞳子著 中央公論新社 2019年3月発行
時代小説作家である澤田瞳子は平成27年に「若冲」で、また平成29年には「火定」で直木賞候補になっている。 そして今回の澤田瞳子の「落花」は2019年上半期の直木賞候補に挙げられている。
澤田瞳子の本については「平成27年前半のおすすめの本」で「若冲」について、2018年に「火定を読んで」と、2回の直木賞候補の時に感想を書いており、今回は3回目である。
今回は直木賞の6候補作がすべて女性になったということで、話題になった。ほかの候補になった作家の本は読んでいないので誰が受賞するのかは7月17日の選考会まで判らないが、一人を除けば皆2回以上候補になったことがあり、5回目という人も候補者に居るそうで受賞の行方は混沌としているそうである。
それはさて置き、「落花」は平安時代の中期、宇多天皇の皇子敦実(あつみ)親王の皇子として生まれ、成田山新勝寺を開山した寛朝(かんちょう)が11歳のとき、「至誠の声」と呼ばれる豊原是緒(とよはらのこれお)が白居易の漢詩を朗詠するのを聞き、人生が変わるほど感動した。
「朝(あした)には落花を踏んで 相伴(あいともな)って出(い)づ 暮(ゆうべ)には飛鳥に隋(したが)って 一時にかえる」という詩である。
22歳となった寛朝は、是緒の行方を追って坂東に下り、豪族・平将門(たいらのまさかど)と出会う。寛朝が対面した将門は野蛮な武人という噂とは異なり侠気のある人物で、困窮して自分を頼ってくるものは最後まで面倒を見る男だった。
この寛朝と将門との関係が一つの軸になって、精緻に作り上げられた都の風習と野卑だが伸びやかな坂東の人とその文化の違いを際立させる。
そしてもう一つの軸になるのが、寛朝の従者になる千歳(ちとせ)である。千歳は豊原是緒が持ち去った琵琶の名器といわれる「有明」を入手し、都で出世しようといろいろと画策する。
他にも盗賊や土豪、歌舞音曲の芸と春を売る傀儡女(くぐつめ)などの個性豊かな人物が多く登場し、物語の厚みを豊かにしている。また多くの音玉の描写も素晴らしい。
仏教の梵唄(ぼんばい=声明のこと)、雅楽の朗詠、琵琶の音色、傀儡女の歌舞音曲、更に坂東の荒野に響く合戦の音、馬のいななき、兵士の喊声なども壮大な管弦楽として描写の対象になっている。
物語の進め方も以前より上手くなり、時間を忘れ熱中して読み進める場面が多く、今までの作品より格段に胸に迫るものがあった。直木賞を受賞するにふさわしい作品と思える。
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