青森2

冬の青森・弘前 (2) 三内丸山遺跡など　

イバイチの
旅のつれづれ

５．棟方志功記念館

　浅虫温泉駅を朝８時５０分発の「びゅうばす青森･弘前号」に乗る。５０人乗りの赤い大型バスである。「大人の休日倶楽部パス」の利用期間に合わせて１月１４日から１月２２日までの期間限定の観光周遊バスで今日がその２日目である。ところが乗客は私一人だと言う。運転手とガイドと乗客一人の計３名での運行である。

　運転手は乗客二人というときはあったが一人は初めてだと言っていた。民間の観光バスなら最低運行人員以下の時は運休になると思うが、さすがはＪＲだと少し申し訳ないような気持ちになる。バスの一番前の席に陣取ってガイドさんと天気の話をしたり、一人だけの乗客に対しても、大勢の客に対するのとと同じ様に沿線の説明をしてくれるのを聞いたりして雪の国道４号線を行った。

　間もなく棟方志功記念館に着く。ガイドの説明によると棟方志功が昭和４５年に文化勲章を貰ったのを記念して建設が企画されたが、記念館が竣工し開館したのは志功が亡くなった２ヵ月後の昭和５０年１１月になってしまったそうである。校倉造りを模した風格のある建物だが今は雪に埋もれているような佇まいだ。「東湧西没（とうゆうさいもつ）―棟方志功の神仏」というテーマで展示をしていた。代表作の「釈迦十大弟子」「湧然する女者達々」などが展示されていた。

　平成７年に「没後２０年記念　棟方志功展」が茨城県近代美術館で開催されたのを見に行った時、板に眼鏡をくっつける様にして板画を彫っている志功の写真を見て凄いなと思ったのだが、記念館のポートレートはにこやかに笑っているものなので何か場違いな感じがした。

　棟方志功がゴッホのひまわりを見て「わだばゴッホになる」と叫んだというのは有名な話だが、油絵から版画に移ったのは川上澄生の版画を見てからだと解説に書いてあった。
　栃木県鹿沼市に、川上澄生美術館があり、志功が版画に目覚めるきっかけを作ったといわれる｢初夏の風｣という題の版画が展示してある。志功記念館の図録を見たら、初期の作品は川上澄生に似た作品が多く影響の大きさが伺われる。しかしやがて独自の道を歩き始め｢世界の棟方志功｣になって行くのである。

　司馬遼太郎も棟方志功記念館を訪れていて「北のまほろば」には棟方志功のこともいろいろ書いている。その一つに「善知鳥（うとう）」のことがある。善知鳥（うとう）は青森市の古名だそうである。そして外ヶ浜にすむ伝説の鳥である。そしてその鳥の伝説が能「善知鳥（うとう）」として室町時代から演じられている話を聞いた志功は「善知鳥（うとう）版画曼荼羅」という３１柵の板画を彫り、内９柵を官展に出品し版画として初めて特選になったということである。司馬は志功に一度インタビューをしたことがあるそうで、その時の対話はとても気持ちよかったとその印象を書いている。

　また松尾芭蕉もおくのほそ道で善知鳥（うとう）がいるという外ヶ浜まで行こうとしたと云う話しがある。その理由は芭蕉が敬慕していた西行法師が「陸奥の　奥ゆかしくぞ思ほゆる　壷の石ぶみ　外の浜風」という歌を詠んでいるからである。芭蕉は多賀城で｢壷の碑｣を見て感激しておくのほそ道に｢泪も落るばかり也｣と記している。（イバイチの奥の細道漫遊紀行「多賀城」の項を参照してください）

　最近読んだ森本哲郎著の｢旅の半空（なかぞら）｣という本には、芭蕉が平泉から津軽に向って足を延ばそうとしたが曽良が必死で止めたので思いとどまたという話が書かれている。おくのほそ道の旅の翌年に書かれた「幻住庵記」に「松島･白川(河)に面を焦す。猶善知鳥啼く卒都（そと）の浜辺より、蝦夷が千島を見やらんまでと、しきりに思い立ち侍るを、同行曽良何某（なにがし）といふもの、[多病心もとなし]など袖を控ゆるに心弱りて----」と記してあるという。しかし「幻住庵記」にはそのような記述は無いのでガセネタなのだが、いかにも本当のように思えるのがミソだろう。蛇足ながら西行も平泉には２度訪れたがそれ以北には行っていない。

６．三内丸山遺跡

　またまた司馬遼太郎の「北のまほろば」に触れる。この本の冒頭にまほろばの説明がある。日本武尊が異郷で死に臨んで｢倭（やまと）は国のまほろば　たたなづく青垣　山隠れる（やまごもれる）倭しうるわし｣とうたったからであるが、縄文時代はこのあたりは北のまほろばというべき豊かな地だったのではないかと書いている。

　この本は週刊朝日に連載された後、平成７年単行本として出版された。三内丸山遺跡が県営野球場建設のために調査され、大規模集落の跡を発見したのはその前年の平成６(1994)年で、「４千５百年前の巨大木柱出土」の新聞報道があったのは翌平成７年の７月１６日だったそうである。司馬遼太郎が青森に着いたのは７月２２日で新聞報道から一週間も経っていない。さすがの司馬も興奮していろいろ書いているが、６本の柱を持つ高楼について、当時はこの部落の前まで海が広がり、目印になる望楼だったのではないかと推論している。

　「びゅうばす青森･弘前号」は乗客一人だけ乗せて棟方志功記念館から三内丸山遺跡に到着した。この遺跡は約5,500年前から4,000年前の縄文前期から中期に亘った遺跡で国の特別史跡に指定されている。現在は特別史跡を含めた３９ヘクタール（東京ドームの８倍強）が「縄文の丘三内まほろばパーク」として無料で公開されている。そしてそのエントランスに｢縄文時遊館｣という建物が建設され縄文時代の体験や情報発信基地として使用されている。そこにはボランティアガイドが居て、時間を決めて一般の人や団体などの案内をしてくれる。（写真は縄文時遊館入口とフロント）

　ここでも一人だけの団体のために女性のボランティアガイドが付いてくれた。まず長靴でないと無理だと言って業務用の長靴を探してくれ、履き替えて出発した。エントランスホールを出ると一面の雪原で、復元された住居も殆ど雪に覆われている。人が歩く通路だけ５０センチ幅に除雪され、足元の雪は踏み固められている。周囲の雪は１メートル以上の高さがある。ガイドの人が「先週はこの半分くらいだったのにネエー」と言った。この冬は例年より雪が多いそうである。

　竪穴住居や土器の破片や木の実や魚の食べ滓などが１０００年以上堆積された跡やお墓などを案内して貰った。当時の平均寿命は３０才台でそのせいか３世代の住居跡は無いそうである。やがて掘立て柱建物という高床の倉庫に復元した建物や子供の墓の跡などに案内して貰った。大人の墓は通路に平行してあるが、子供の墓は住居のそばに葬られており、一人ぼっちでは寂しかろうと想ういつの時代でも変わらぬ親心を感じた。

　次に大型掘立柱建物跡に行き、６個ある柱穴の間隔は全て６．２ｍになっているとの説明を受けた。5千年の時を経て、現在まで残っている直径約1mの栗の木の礎柱は地下水の中で浮いていた。それを復元した三内丸山遺跡のシンボルになっている大型掘立柱建物は１４.７ｍの高さの栗の木６本と３層に支柱で分けられた平面を持つ建物として復元されている。

　６本の柱は現在の日本では揃えられずシベリヤから輸入したとのことだが、１本の重量は６トン以上あるとのことであり、石器しか使用していないその時代によくもこんなに大きな建造物を造ったものだと驚かされる。

　また近くにある長さが３２mもある大型竪穴住居跡を見ると大勢の人たちが協力して大きな建物を作る技術を持っていたことが判り、４～５,０００年前に高度な文明を保有した人々が生活していたことは、この地が｢北のまほろば｣と呼ばれるのに相応しい気がする。

出土した遺物は展示室に多数展示されている。土偶と共に動物や魚の骨、木の実が沢山出土しており、豊富な食べ物に恵まれそれを石器で切ったりすり潰したりして調理し、多数掘り出された土器に保管されていた様子がよく判る。作るのに失敗した土器の断片が展示してあるのも微笑ましい。
　(H22-1-14～1-15訪)