下北3

下北・花巻紀行 (3) 恐山

イバイチの
旅のつれづれ

４．恐山

　下北３日目である。昨夜は下北駅前の「プラザホテルむつ」に泊まった。１泊２食で７,５００円である。その内夕食代は１,５００円ということだが品目が多く、「みそ貝焼き」というホタテの貝殻の鍋に魚貝や野菜などを入れて味噌で煮込むという郷土料理は美味しくお得である。

　朝９時発の下北駅前発の恐山行のバスに乗る。路線バスだが音声で恐山の案内をしてくれる。この道は恐山街道と云い沿道には「恐山丁塚」といわれる道標が田名部～恐山まで１丁毎に建てられている。文久２年（1862）の恐山開山１,０００年祭の時に建てられたそうである。今年の大祭典が終わって間もなくの時期だったので、大祭典の前に信者の人達が沢山ある丁塚を全て綺麗に洗ってくれ、上部には赤い覆いが被せられていた。大変な労力だったと思う。

　途中「恐山冷水（ひやみず）」という湧水が流れ落ちている場所がある。バスもここで停車して乗客は降りてのどを潤すようになっている。この場所が俗界と霊界の分岐点でこの水を１杯飲めば１０年、２杯飲めば２０年３杯飲めば死ぬまで若返るといわれているとバスの音声案内で言っていた。

　やがて道の両側が開けて宇曾利湖が見えてくる。手前にある川に赤い太鼓橋が掛かっていて三途川と書いてある。歩く時はこの橋を渡って恐山に行くらしいが、バスでは音声での説明があるだけで、そのまま恐山の終点まで止まらずに走ってしまい写真を写す暇もなかった。

　恐山は比叡山、高野山と共に日本３大霊場といわれているが、堂宇は殆んど無く、亜硫酸ガスが噴出して草木は生えず荒涼とした岩石が続いている。そのガスが噴き出す岩肌の一帯を地獄になぞらえ、その先の白砂の浜に続くエメラルドグリーンに輝く宇曾利湖を、釜臥山など八つの峰に囲まれた蓮華の中の極楽として千年以上前から信仰の対象になっているのである。大町桂月はここを訪れた時「恐山　心と見ゆる湖を　囲める峰も　蓮華なりけり」と詠んでいる。

　開基は約１,２００年前で山寺立石寺、松島瑞巌寺、平泉中尊寺，毛越寺などの東北の主要な古寺と同じく慈覚大師円仁によると伝えられている。本尊は地蔵菩薩である。ここは多くの霊の集まる場所として、死者との仲立ちをするイタコの口寄せは広く知られており、毎年７月２０日～２４日に行われる大祭典や１０月の秋詣りには亡き人の菩提を弔い、故人の面影を偲ぶために多くの人々が集まるのである。

　入山料を納めて恐山奥の院の参拝案内図を眺め入口の総門をくぐる。永代常夜燈が左右に並ぶ参道を行くと仁王像に守られた山門がある。

　そこを過ぎると右手に薬師の湯、左手に古滝の湯（女性用）冷抜の湯（男性用）が並んで建っている。入山した者は無料で入れるが朝1０時頃で誰も入っていなかった。樹木があるわけではなく、バラック建ての中に湯舟があるだけの簡素な造りになっていて早朝か夕暮れにでもならなければ入る気になれないだろう。（写真は左から①薬師の湯、②古滝の湯（女湯）と冷抜の湯（男湯）で右奥手が地蔵殿、③古滝の湯（女湯）とその先に延命地蔵尊が見える、④冷抜の湯（男湯）の内部）　

　宿泊者用には「吉祥閣」という宿坊があり、最近改築して男女別のホテル並みの、露天風呂もある大きな温泉があるそうだが、宿泊料は１２,０００円とこれも立派なホテル並みの値段である。山門の先には本尊の地蔵菩薩を安置した地蔵殿がある。（写真は地蔵殿）

　地蔵殿の左手から地獄極楽巡りの参拝順路が続いている。硫黄の臭いが漂う順路には以前は硫黄が噴出していた無間地獄から簡素な造りの慈覚大師堂に続き、かなたには延命地蔵尊が望まれる。その先には遥かに釜臥山の展望台が見える。

　順路はさらに賽の河原、八葉塔へと続いている。八葉塔は地獄めぐりの最奥地点に近い場所にあり、この地方の分骨の風習により奉納された骨を、８葉の蓮華に囲まれた半結跏姿の地蔵菩薩の下に安置する場所で、以前は塔だったものが入りきれなくなったため平成１１年に改変したものである。恐山の亜硫酸ガスの噴出は以前ほどではないらしく、噴出孔も数えるほどしか無く凄惨な地獄の面影はだいぶ薄れているようである。

　八葉塔から宇曾利湖に向かって行くと小振りの地蔵尊が多数安置されている血の池地獄に出る。酸化鉄の影響か池を囲む岩石は少し赤みを帯びていた。またその先には水子供養の地蔵尊が池の真ん中に置かれ、周囲には生を受けずに亡くなった水子を供養する風車が沢山廻っていた。

　近くに八角円堂という建物がある。ここには赤い衣をまとった地蔵菩薩が安置され、津軽の川倉賽の河原地蔵尊堂にあったように亡くなった人が身に着けていた衣服や履物などが沢山置かれていた。川倉賽の河原地蔵尊堂は津軽半島の恐山とも言われている場所である。
（「桜の弘前と五所川原(５)」参照）
　
　さらに先に行くと宇曾利湖の手前にある極楽浜に出る。あいにく曇りだったが、晴れていれば湖がエメラルドグリーンに輝き、極楽浜の白い砂で照り映える景観が広がる筈である。湖の先に大きく存在感のある姿を見せる山は大尽（おおつくし）山で恐山８峰の中心の山である。さらに湖に近付くと沢山の風車が砂浜に立ててある。ここの風車は輪廻転生の願いを込めて亡くなった親しい人を祀るためのものである。

　硫黄の噴出で何も生えていない荒々しい岩肌しかない地獄めぐりの後に、白砂と緑の草木の湖岸で囲まれた青々とした水をたたえた宇曾利湖に臨む時、死者の魂の再生を願う肉親にはそれが極楽の光景のように思えるのである。

　荷物を預けた食堂に戻り、景気の具合を聞くと、今年は観光バスが殆んど来ないので、商売上がったりだと言っていた。寺のブログには３月１１日の大震災犠牲者を追悼する卒塔婆開眼供養を最近行った事や、震災で被災した人たちも最近お参りに訪れてきてくれ、問わず語りに悲惨だった状況の話をされるが、それに対してその人の気持ちをそのまま理解することは決して出来ないので、その時の自分の正直な思いから出てくる言葉のみを頼りに、お返事をしていく他は無いのだという様な事が書いてあった。

　恐山発１１時のバスで下北駅前に戻る。下北駅から快速「しもきた」で八戸に行き、新幹線で盛岡へ。更に乗り換えて新花巻に向かった。
（写真は平成２１年に建てられた新しい下北駅、左手前にあるのは動輪を抱く下北半島のモニュメント）

(H23-6-29訪）

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