羽黒山

イバイチの奥の細道漫遊紀行

[羽黒山]

H21-12- 11作成　

羽黒山

清川からの県道４６号線が鶴岡からの県道４７号線と合流する地点が手向（とうげ）である。ここから羽黒山の宿坊街になっているが、その中を少し行くと国の重要文化財になっている黄金堂がある。　ここには３３体の観音像あり、それが金色に輝いていたので黄金堂と呼ばれるようになったという。しかし観音像は祭礼の時にしかご開帳しないそうで見ることは出来なかった。草鞋が沢山ぶら下がっている仁王門には愛嬌のある顔立ちの仁王様が安置されている。尾花沢，大石田の仁王像もそうだったが厳めしい風貌ではなく親近感のある仁王像が多い。仁王門を入ると直ぐに閻魔大王の石像が二人の侍臣を従えているのも微笑ましい。　

　江戸時代には３００軒を超えていて現在も３３軒あるという宿坊街を更に進むと大進坊という宿坊があり出羽三山を詠んだ芭蕉の大きな句碑がある。　「涼しさや　ほの三日月の　羽黒山」　「加多羅礼努　湯登之仁奴良須　當毛東迦那（語られぬ湯殿に濡らす袂かな）」　「雲の峯　いくつ崩れて　月の山」　の３句が刻まれている。　あまり通る人も無い宿坊街を抜けるとバイパスの広い道に突当り、観光バスが連なる羽黒センターに着く。付近には出羽三山や羽黒修験道の資料が展示してある「いでは文化記念館」がある。
出羽三山神社の石碑と石造の鳥居がある山内に入ると出羽三山の神域入口にあたる隋神門がある。芭蕉が来た時は未だ出来ていなかったといわれるこの隋神門をくぐると羽黒山の表参道に入るのだが、二千四百四十六段あるという石段を登って出羽三山神社の社殿まで行くには１時間はかかるので、観光バスはバイパスから有料道路を通って羽黒山頂に着き、観光客はそこで降りて出羽三山神社を参拝し、歩いて参道を下り隋神門から出るのがスタンダードのコースになっている。そのため羽黒センター周辺はたくさんの人でごった返していた。

隋神門をくぐると急な下りの石段が続く。羽黒山に登ろうという参道なのに最初は下るのである。継子坂という名前の坂道で羽黒山頂から下りて来た観光客が最後にあごを出し、喘ぎ喘ぎ登ってくる。継子坂を過ぎると赤い欄干の神橋に出る。霊域と俗世を別ける結界と云う事になっている。
橋の右手には須賀の滝（不動滝）が橋下を流れる祓川に注いでいる。三山詣での行者はこの滝に打たれ、谷川の水で身を清めて山に登ったそうである。　神橋を過ぎると鬱蒼とした４００本を越す杉並木がある。これらは芭蕉来訪の少し前に羽黒山中興の祖といわれる別当天宥法印によって植林されたもので、当時は杉の木立はまだあまり伸びておらず明るい風景だったと思われる｡

　現在は昼なお暗い並木になっているが、その中でもひときわ大きい爺杉という樹齢千年は過ぎている天然記念物に指定された杉の巨木がある。そしてそのかなたに国宝の羽黒山五重塔が姿を現す。
　羽黒山は崇峻天皇の皇子の蜂子皇子（能除大師）が千四百余年前の推古天皇元年に祠を開いたのが初めといわれ、日本古来の山岳信仰と密教が合体して出来た修験道の霊場として江戸時代まで繁栄してきた。しかし明治政府は江戸時代の仏教国教化政策を否定し、神道国教化政策をすすめるために、明治元年に神仏分離令を発布したため、従来神仏習合の形態だった羽黒山は神道を奉じることにした。そのため廃仏毀釈ということで山内の多くの寺院が打ち壊された。芭蕉が６泊もした南谷別院もこの時破却されて現在は礎石しか残っていない。

　五重塔もその時破壊の対象に上がったが羽黒山の象徴であるのでこの塔だけは残して欲しいと全山を挙げて明治新政府に嘆願し破壊を免れたと言う。この廃仏毀釈の嵐は、当時の寺の住職，僧侶が庶民の困窮をよそに蓄財に励み堕落した者が多く恨みを買っていたという背景があったとも言われているが、とにかく全国の寺院の半数が破却され廃寺になったといわれるほど激しいものだったそうである。そのために堂塔・伽藍ばかりではなく現存していれば国宝級の仏像・仏画・絵巻物・経典などの貴重な文化財が数多く破却・焼却されたのである。
　羽黒山はそれ以来出羽三山神社となり、修験道法の一切は羽黒山登山口近くにある荒沢寺が引き継いでいるのだが、それは一般の人にはあまり知られていない。そのような経緯があって羽黒山五重塔は神社であるにも拘わらず存在し、国宝になっているのである。この五重塔は承平年間（937年頃）創建され、文中元年（1372年）に再建されたもので、東北地方最古の五重塔である。大きな杉木立に隠れるような塔は、木々の緑に白木造りの塔が映え、木洩れ日を受けて輝いていた。芭蕉の頃はまだ杉並木もあまり大きくなっておらず参道からその勇姿が良く見えたと思うが、曾良も含めて何も記していない。　五重塔を過ぎると、一の坂の石段に掛かる。羽黒山の石段は二千四百四十六段あり、二の坂、三の坂と続く参道の石段を登りきると出羽三山神社に達するのである。

五重塔を拝観して隋神門に引返し、「いでは文化記念館」で展示していた羽黒山の写真展を見た後、再び車で羽黒山頂に向かった。有料道路を通り出羽三山神社に着いたのは午後4時だった。

日は翳り始め観光バスの群は既に去って閑散とした参道を、先ず開山の祖である蜂子皇子（能除大師）の墓近くにある芭蕉の像と句碑がある場所に行った。高い台座の上に昭和４８年に建てられた芭蕉の立像がある。傍らの句碑には大進坊にあるのと同じく　「涼しさや　ほの三日月の　羽黒山」　「加多羅礼努　湯登之仁奴良須　當毛東迦那（語られぬ湯殿に濡らす袂かな）」　「雲の峯　いくつ崩れて　月の山」　の3句が刻まれている。

　また芭蕉像の近くの出羽三山神社手洗場近くに４基の句碑が並んでいた。　「月山の　裏に表に　残る雪　　　高浜年尾」　「俳諧を　守りの神の　すゞしさよ　　　高浜虚子」「なつかしや　ここに縁の　つるでまり　　稲畑汀子」　「伊勢の神威　羽黒の霊威　杉の露　　河野静雲」　と刻んである。
　後日インターネットで調べたら虚子の句は昭和３１年にこの地を踏んだとき詠んだものであるが、それを機に「奥の細道羽黒山全国俳句大会が毎年開催されるようになったという事である。虚子，年尾，汀子は親･子･孫で、また俳誌「ホトトギス」の初代から三代までの主宰者でもある。河野静雲はホトトギス系の俳人で俳誌「冬野」の主宰者だが、大宰府の観世音寺月山に「花鳥山仏心寺」（俳句寺）を創建開山した時宗の坊さんで九州では高名である。

　朱塗りの鳥居をくぐると三神合祭殿の大きな社殿とその前に木々に囲まれた御手洗池がある。御手洗池は「神霊を宿す池」で羽黒山の御神体である。この池は別名鏡池といわれるがこれは参拝者が祈願成就のため貴重な鏡を投げ込んだといわれ、昭和初期に平安時代以来の青銅鏡が多数発見され重要文化財に指定されている。

　三神合祭殿は厚さが2メートルもある萱葺き屋根の堂々たる建物である。創建は平安初期といわれているが、現在の社殿は文政元年（1818年）に８年がかりで再建されたもので萱葺き社殿では全国最大のものだそうである。内部は三つに分かれ、中央に月山神社，左手に湯殿山神社，右手に出羽神社の大きな扁額が掛っている。
　室内には三山巡りの白衣姿の一団が座っていた。

　「おくのほそ道」には　「権現に詣。当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず。延喜式に羽州里山の神社と有。書写、黒の字を里山となせるにや。羽州黒山を中略して羽黒山と云にや。出羽といへるは鳥の毛羽を此国の貢に献ると風土記に侍とやらん。月山湯殿を合て三山とす。当寺武江東叡に属して天台止観の月明らかに、円頓融通の法の灯かゝげそひて、僧坊棟をならべ、修験行法を励し、霊山霊地の験効、人貴且恐る。繁栄長にしてめで度御山と謂つべし。」　とあり羽黒山神社の沿革に就いて詳しく書いている。

　ここに述べている出羽神社は羽黒山神社のことであり、羽黒山の外に冬雪が降り積もって参詣できない月山，湯殿山を含めた出羽三山を合祀してあるため三神合祭殿と称するのである。三神合祭殿の隣にある参集殿の前に萱葺き屋根の大きな鐘楼がある。中に下がっている大梵鐘は建治元年蒙古襲来の時、怨敵退散を祈って鎌倉将軍惟康親王が奉納したもので、東大寺，方広寺，高野山に次ぐわが国第４位の大きさだそうで、これも重要文化財に指定されている。

　羽黒山中興の祖といわれる別当天宥法印は芭蕉が訪れる１５年前に配流先の新島で亡くなったのだが、別当代会覚阿闍梨の要請で芭蕉は「天宥別当追悼句文」を書いている。羽黒山頂にある出羽三山神社歴史博物館にその親筆が青銅鏡などと一緒に展示されているがその追悼文の末尾に　「其玉や　羽黒にかえす　法の月」　の句が記されている。芭蕉庵桃青拝と署名のある追悼文はしっかりした筆使いで格調高く書かれている。
　芭蕉像の左奥に「天宥社」という別当天宥法印を祀った社がある。その手前にある解説板にその事跡が書かれている。天宥法印は、羽黒山参道に２４４６段の石段を整備し、杉並木の植林をした。また祓川に須賀の滝を落し、南谷を開き、玉川寺庭園の作庭をするなど多くの業績を残したが、黒衣の宰相といわれた天海僧正と結んで、出羽三山を真言宗から天台宗に改宗しようとして、湯殿山などの反対に遭い新島に流罪になったが、明治になり許されて祀られることになったのである。 (H15-10-19訪)

南谷別院跡

　平成２０年の月山登山の前に、平成１５年に行けなかった南谷に立寄った。

　羽黒山頂の三神合祭殿から三の坂を下ると左手に南谷別院跡入口の石碑が置かれており、その前に大きな案内板がある。参道から別れて平坦な小道を１５分ほど歩くと東屋のある広場に出る。ここが芭蕉が出羽三山巡拝の前後６日間宿泊した場所である。ここは羽黒山中興の祖といわれる別当天宥法印が伽藍を建てた所で、別当（羽黒山の最高位者）の居る本坊とは別の建物との意味で芭蕉は別院と記したということである。

　芭蕉は「おくのほそ道」の羽黒の段の最初に　「六月三日、羽黒山に登る。図司佐吉と云者を尋て、別当代会覚（えがく）阿闍梨（あじゃり）に謁す。南谷の別院に舎（やど）して、憐愍（れんみん）の情こまやかにあるじせらる。　四日、本坊にをゐて俳諧興行。　有難や　雪をかほらす　南谷」　と記している。曽良旅日記によれば６月３日（陽暦７月１９日）に新庄を発って元（本）合海から清川まで舟で最上川を下り、申の刻（午後４時）近藤（図司）佐吉宅に着き、大石田の高野一栄からの紹介状を本坊に届けて貰った。そして南谷に同行して貰ったが、途中須賀の滝（不動滝）のある祓川の辺から暗くなってしまったと記されている。図司佐吉は俳号呂丸で、芭蕉の弟子の其角などとの文通があった庄内羽黒俳壇のリーダーである。羽黒滞在中に芭蕉が呂丸に話した内容から芭蕉自身も「不易流行｣の思想のきっかけを掴んだといわれている。

　別当代会覚（えがく）阿闍梨は羽黒山の最高権力者である。翌４日に芭蕉を本坊に招き、蕎麦を食べた後俳諧興行を行った。その時の発句が　「有難や　雪をめぐらす　風の音」で「有難や　雪をかおらす　南谷」　の基になった句である。
　芭蕉と曽良は、翌５日は三山巡礼のため昼まで断食して潔斎して羽黒権現に詣で、翌６日に月山登山に向うのである。
　南谷の建物は、明治初年の神仏分離令により破却され、池のある庭園跡と東屋、芭蕉の　「有難や　雪をかおらす　南谷」　の句碑が残るだけで静寂そのものだった。またこの場所には天然記念物のかすみ桜というのがあるが、殆ど枯れかかって見る影も無い古木がその面影を残しているばかりだった。　(H20－7－29訪)

荒澤寺

　休暇村の近くにある荒澤寺（こうたくじ）に詣でた。この寺の縁起は１４００年前、出羽三山の開祖能除大師（蜂子皇子）が月山、湯殿山に趣く時ここの荒沢で修行し、不滅の清浄火が燈る常火堂をこの地の建立したのが始まりで、その後役の行者、慈覚大師などがここで修行を積み、羽黒山十大伽藍随一の寺として栄え、羽黒山奥の院として修験者の大切な行場となっていたという。そのため、明治初期の神仏分離令で出羽三山が神社になった時に寺としての行事、仏具などの一切を荒澤寺で引き継いだといわれている。しかし出羽三山神社の豪壮さに比べたら見る影もないみすぼらしさである。この寺の山門の先には「是より女人きんせい」の石柱が建っているのがわずかに修行の寺らしさを留めている。あいにく本堂などは改築中で見学できなかった。
　 (H20－7－29訪)

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注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。