出雲崎

イバイチの奥の細道漫遊紀行

[ 出雲崎 ]

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国上山五合庵

　　越後路。つまり今の新潟県は北陸からは少し離れ、甲信越として括られるが地理的条件からは雪国，裏日本のイメージが強く、甲信とは少し異なり独自の地域という印象が強い。奈良時代の国分寺も今の上越地方に創られ、新潟市を含む中越、下越地方は新潟という名前の通り湖沼の多い地帯で積雪の多い荒れ果てた原野と潟湖の続く未開の地域だったのだろう。越の国は、昔は陸奥の国に包含されていた時代もあったのである。歌枕もこの近辺には見当たらず、柏崎での宿を断られた話と共におくのほそ道での越後路の段が簡潔な文章になった一因かもしれない。

　また中越地方では芭蕉の約百年後のこの地の出身である良寛の方が大きく取り上げられ、上越地方では親鸞上人の事跡や上杉謙信の活躍に押されて越後路の芭蕉は影が薄い。しかしこの地で詠まれた「荒海や----」の句はおくのほそ道での最高の秀句との評価が定着しているのは、何かちぐはぐな感じがする。

　それはさておき、新潟で芭蕉は「海に降る　雨や恋しき　浮身宿」というちょっと色っぽい句を読んだとされ、市内の護国神社に建てられている芭蕉堂にその句碑があるという。しかし曽良の俳諧書留にも記されておらず、その句が新潟での作であることも、芭蕉の句であることも現在では疑問視されているということもありほかに見所も無い様子なので、新潟市には寄らずに越後一の宮である弥彦神社に向かった。

　弥彦神社には芭蕉一行も参詣したので行ったのだが、１０月１１日の体育の日だったせいか混み合っていて参詣の車の列が長く続き、駐車場に入れるのが何時になるのか分からず、結局参拝をあきらめてしまった。
　その後平成２４年４月２４日に機会があって改めて参詣した。その日、境内入口は桜が満開だった。（写真は弥彦神社拝殿、境内の神鹿、一の鳥居と桜）

　弥彦神社から県道２号線を弥彦村から分水町(現燕市)に走ると、道の駅「国上（くがみ）」がある。この旧分水町(現燕市)は良寛の里ということで、良寛が長年住んでいた五合庵や良寛資料館がある。国上山五合庵は道の駅からほど近く、国上山の中腹に位置する県内最古の名刹といわれる国上寺（こくじょうじ）の寺内にある。

　国上寺本堂(阿弥陀堂)横には最近設置された良寛の像がある。またその右手には1990年の建立の小さな良寛歌碑があり「あしひきの　山のたをりの紅葉はを　手折りてぞ来し　雨の晴れ間に｣と彫ってある。良寛が住んでいた五合庵は国上寺から下ったところにある本覚院と
いう寺からが近い。本覚院には、種田山頭火の「青葉分け行く　良寛さまも　行かしたか」という句碑があった。またその隣に、「本覚院につどいてよめる　　良寛　　やまぶきの　はなをたおりておもうどし　かがすはるひは　くれずともがな」という良寛の歌碑が並んで建っていた。

　五合庵とは国上寺本堂を再建した萬元上人が住んでいた庵で、毎日米五合を給されていたことに由来すると云われている。諸国を歩いた良寛は越後に戻り、この庵で２０年を過ごしたそうである。復元された建物は３坪程度で一間だけの板敷の部屋と、東南に縁側が出ているだけの小さなもので、北国の冬はさぞ難儀だったろうと思った。五合庵の庭先には「堂久保登盤　閑盛閑毛天久留　於知者可難（たくほどに　かぜがもてくる　おちばかな）　良寛書」との句碑が大きく建っている。　

　五合庵から日本海沿岸を走る国道４０２号線に出て海のアメ横といわれ、首都圏から買出しの観光バスが出るという寺泊魚市場を眺め、更に出雲崎を目指した。海のかなたには想像していたよりも間近に佐渡ヶ島が長々と横たわっており最初は入江の先の半島かと思うほど指呼の間にあった。

出雲崎

　出雲崎は良寛が生れた所である。高台にある良寛記念館に行くと、木立の先に良寛記念館本館があり、良寛の遺品が展示してある。右手の坂道を登ると小さな台地になっており、「にいがた景勝１００選」1位になったという「良寛と夕日の丘公園」に出る。そこには行脚姿の良寛と、話を聞いている子供たちの像がある。また良寛の歌碑が幾つか置かれている。「あわゆきの　なかにたちたるみちおほち（三千大地）　またそのなかにあわゆきぞふる」　「世の中に　まじらぬとにはあらねども　一人あそびぞ　われはまされる」などである。　真下には出雲崎の「妻入り」呼ばれる棟を縦長にした町並みが眺められる。その中ほどに良寛堂が小さく見えた。その先には日本海が広がり、更にそのかなたには、佐渡ヶ島が大小の起伏を見せながら長く横たわり雄大な景観を形作っている。名前に違わずここから見る夕陽は素晴しいだろうと思えた。
（写真は良寛と子供たちの像｛H24-4-24に追加｝、「あわゆきの----」歌碑、「妻入り」の街並み {中央左寄りに良寛堂が見える}、佐渡ヶ島を望む景色）

　夕日の丘公園を降りて良寛堂に向かった。良寛の生家橘屋跡に日本画家安田靫彦（ゆきひこ）の設計により建てられたもので、佐渡ヶ島を背景に日本海上に浮かぶ浮御堂を構想したものである。堂内には良寛持仏の石地蔵をはめ込んだ石塔を安置し、良寛の「いにしへに　かわらぬものはありそみと　むかいにみゆる　佐渡のしまなり」の歌が刻んである。その裏側の日本海に面したサイドには良寛坐像がある。台座に「大殿の　林の下に庵占めぬ　何かこの世に　思ひ残さむ」「緑あらば　またも住みなむ大殿の　森の下庵　いたく荒らすな」との二つの歌が刻まれていた。
　出雲崎は良寛の影が色濃く残っている土地である。良寛は、宝暦八年（1758）出雲崎の名主橘屋の長男として生れた。幼少の名前は山本栄蔵だが、１５歳で元服し新左衛門文孝と改名し１８歳の時名主見習役になった。しかし名主が性に合わず、数ヵ月後突然出家し、名を良寛と改めた。

　その後諸国を行脚し４０歳冬に帰郷して、越後国上山にある真言宗国上寺の五合庵で４８歳から５９歳までの十数年暮らした。５９歳のころ里に近い乙子神社に移り、約十年間をここで暮らしたが、この頃泥棒に入られ、何も無かったので眠ったふりをして唯一の臥せっていた布団を与え、泥棒が去った後「ぬす人に　とり残されし　窓の月」と詠んだという話は有名である。また良寛には「如何なるが　苦しきものと問ふならば　人をへだつる　心とこたへよ」と詠んだ歌もある。人格は清高、明朗、純真で、生涯寺を持たず托鉢してまわり、時に子供らと遊び無欲自由の生涯を送ったが、詩、歌、句、書にすぐれた作品を残している。

　今回の旅の前に参考資料として読んだ中野孝次著の「良寛に会う旅」によると、良寛という人は世俗のことは何も出来ないが、そこに座って居るだけで周りの人々の気持ちが和やかになっていく不思議な人徳を持っているということが書いてある。また最近読んだ山折哲雄著の「日本のこころ、日本人のこころ」には良寛は道元著の難解な「正法眼蔵」を愛読していたことと、手毬歌と子供たちの話のことから、師と弟子の関係について見解を述べている。他にも良寛について書かれた本も多く、新潟中越地方の限られた場所で生涯を送った人とは思えないほど全国に知られている。

　その良寛は芭蕉がこの地方を旅してから７０年近く後に生れたのだが、次のように芭蕉を讃えている。「是の翁以前　此の翁無く　是の翁以後　此の翁無く　芭蕉翁、芭蕉翁　人をして千古　此の翁を仰がしむ」。　良寛堂から旧北国街道を少し南下すると芭蕉が宿泊したという旅人宿「大崎屋」跡がありその向いの町役場の隣に芭蕉像と「銀河ノ序」の文学碑が建立してある芭蕉園という小公園がある。（写真は芭蕉園入口と芭蕉像）

　「銀河ノ序」は奥の細道の旅の後、「荒海や　佐渡によことう　天河」の序文として書いたものである。通常流布している文面を小文なので次に記載する。　「北陸道に行脚して、越後ノ国出雲崎という所に泊る。彼佐渡がしまは、海の面十八里、滄波を隔て、東西三十五里に、よこおりふしたり。みねの嶮難、谷の隅ぐままで、さすがに手をとるばかり、あざやかに見わたさる。むべ此嶋は、こがねおほく出て、あまねく世の宝となれば、限りなき目出度嶋にて侍るを、大罪朝敵のたぐひ、遠流せらるるによりて、ただおそろしき名の聞えあるも、本意なき事におもいて、窓押開きて、暫時の旅愁をいたわらんとするほど、日既に海に沈で、月ほのぐらく、銀河半天にかかりて、星きらきらと冴たるに、沖のかたより波の音しばしばはこびて、たましいけずるがごとく、腹ちぎれて、そぞろにかなしびきたれば、草の枕も定まらず、墨の袂なにゆえとはかなくて、しぼるばかりになん侍る。　あら海や　佐渡に横とう　あまの川」　である。（写真は新しい説明板）

しかし芭蕉園の碑文はより省略されているが、これは菊本直次郎という人が所蔵している真蹟懐紙を写真拡大したものということで、以下の文面になっている。「えちこの驛出雲崎といふ處より、佐渡かしまは海上十八里とかや。谷嶺のけむそくまなく東西三十余里によこおれふして、また初秋の薄霧立もあへす。波の音さすかにたかゝらす、たゝ手のとゝく計になむ見わたさるけにや。此しまは、こかねあまたわき出て、世にめてたき嶋になむ侍るを。むかし今に到りて大罪朝敵の人々、遠流の境にして物うきしまの名に立侍れは。いと冷しき心地せらるゝに、宵の月入かゝる比、うみのおもてほのくらく。山のかたち雲透にみえて、波の音いとかなしくて聞え侍るに。　荒海や佐渡によこたふ天河　　芭蕉｣　である。（写真は碑文と解説板）

　「荒海や----」の句は芭蕉自身も大いに気に入っていたことは、旅の後わざわざ「銀河の序」を作り、しかも何通りもあることからもうかがわれる。しかし現在の旧北国街道は人ひとり通らず芭蕉園は閑静な雰囲気の中にあり、奥の細道最大傑作といわれている句碑のある場所にしては寂しすぎる感じがした。

　出雲崎には「俳諧伝燈塚」という芭蕉と蕉門２世代目の項東華坊（各務支考），３世代目の廬元坊の３人が、それぞれ出雲崎で読んだ句を刻した碑が、街道から急な階段を登った妙福寺というところにある。「五月雨の　夕日や見せて　出雲崎　　東華坊」　「荒海や　佐渡に横たふ　天の川　　芭蕉翁」　「雪に波の　花やさそうて　出雲崎　　盧元坊」である。　最初の句碑は宝暦５年(1755)に建てられたが磨耗したため新しい石碑が大正年間に再建され、現在は二つの句碑が並んで建っている。

　海岸近くに道の駅「越後出雲崎天領の里」がある。ここ出雲崎は元和2年(1616)に佐渡からの金銀陸揚げ港として代官所が置かれ直轄天領になったのだそうである。道の駅には｢天領出雲崎時代館｣という建物があるり、そこには代官所，御奉行船，良寛の生家橘屋，妻入りの町並みなどが再現されており、天領時代の商家，職人の生活などが体感できるそうだが、入館料５００円なので入っている人は殆んど居なかった。　またその向かい側には新潟油田の第1号掘削井戸などが展示してある石油記念館があるが、ここでも２５０円の入場料を取っているせいか閑散としていた。折角良寛の里といわれて記念館・良寛堂などがあり、更に「銀河の序」の芭蕉園があるのだから、全部組み合わせて出雲崎観光名所巡りとしてマップを作り、入場料合計１,１５０円のところを８００円程度に割り引いて販売した方がメリットがあるのではないかと考えてしまう。

　 (H１６-１０-１１訪)

注１）　写真をクリックすると大きくなります。
注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。

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