「暁の宇品」 陸軍船舶司令官たちのヒロシマを読んで
 

2022年4月15日 (金)
  「暁の宇品(陸軍船舶司令官たちのヒロシマ)

             堀川 恵子  

   講談社 
          2021年7月発行



 昨年(令和3年)12月14日の朝日新聞に第48回大佛次郎賞が堀川恵子氏に決まったとの記事が出ていた。堀川恵子という人はノンフィクション作家で今までも多くの賞を受けている人だそうである。解説の最初に、すべての著作が面白い、稀代の書き手である」あったので面白そうだと思って図書館に予約を申し込んだら「十何番目かになるが良いか」と言われ今週やっと順番が回ってきた本である。

 作者は広島出身の人である。「人類初の原子爆弾は、なぜ”ヒロシマ”に投下されなくてはならなかったのか」と思う所から取材を始めたという。広島が標的として選ばれた理由の冒頭には「重要な軍隊の乗船基地」との記述があったという。

 広島で軍隊の乗船基地とは海軍の呉ではなく陸軍の宇品(うじな)である。日清戦争を皮切りに、日露戦争、シベリア出兵、満州事変、日中戦争、そして太平洋戦争と、この国のすべての近代戦争において、幾百万もの兵隊たちが宇品から戦地へと送り出された。広島が標的の候補から外れなかったのは広島の沖に日本軍最大の輸送基地・宇品があったからだと作者は言う。

 その宇品地区の中心にあったのが陸軍船舶司令部である(別名暁部隊とも呼ばれた)。船舶司令部は戦地に兵隊を運ぶ任務と共に補給と兵站を一手に握って船員や工員などの軍属を含めると30万人を抱える大所帯だった。しかしその船舶司令部とはどのようなものだったのか、その実態については現在に至るまでほとんど情報が無かった。

 一方アメリカ側は日本を仮想敵国として島国日本の解除封鎖を行って資源を絶つ「兵糧攻め」を基本として計画していた。国土の四方を海に囲まれた日本は平時から食料や資源の輸入を船に頼っている。戦争になれば戦地に兵隊を送り出すのも、戦場に武器や食料を届けるのも、占領地から資源を運んでくるのもすべて船。その日本を屈服させるには輸送船Y輸送基地を攻撃することがいかに効果的かをアメリカは研究し尽くしていた。

 なぜ陸軍が船の輸送に関係するのかと思ったら、日清戦争前から海軍の拒否で、陸軍は兵士の海上輸送を自前で賄うしかなかったのだそうである。そして日露戦争の最中に陸軍運輸部が設立され、平時は陸軍省の配下にあり、植民地や国内の軍関連の輸送を担当する。それが戦時になると参謀本部(大本営)の直轄となり、戦時編成の「船舶司令部」が組織され現地軍の輸送や上陸を支援することになっておりが、事実上陸軍省と参謀本部の2大組織を親に持つような組織だった。

 そこで「船舶の神」と呼ばれた田尻昌次司令官らの苦闘を克明に追っていく。輸送と補給は軍事の要諦だが、それを軽視したまま破局に向かっていく。田尻など現場をよく知る者の意見を聞かず「何とかなる」で突き進んだ参謀本部などの上層部の高官たちの無謀な戦争だったことが、具体的に良く判る。

 田尻司令官は上層部にこのままでは立ちいかぬと船舶輸送の危機的状況を伝えるために意見具申の文書を書き、更迭された。そしてその後の原子爆弾が投下されて時の救護活動進めた司令官の事跡も含め、自分のなすべきことを身をもって示した将官の苦悩を感動をもって知った。またそれと共に、現在の参謀的立場の大臣政務官などはどれだけ国民のために働いるくれるのかと不安になる。

 

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(この項終わり)

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