　１００分de名著　「ニコマコス倫理学」

　　　　　　　アリストテレス　著
　　　　　　　山本　芳久　講師

　　NHKテキスト　　２０２２年５月発行

　NHK　Ｅテレに、毎週月曜日午後10：25～10：50に「１００分de名著」という番組がある。１回２５分で４回/月あり、合わせて１００分で古今東西の名著の奥深さをその道に詳しいプレゼンターが分かり易く、楽しく解説するというもので、１０年前の２０１１年からやっており、現在の司会者は伊集院光とNHKの安部みちこである。

　５月の「１００分de名著」は古代ギリシャの哲学者アリストテレス（紀元前３８４～前３２２）が著した史上初の体系的な倫理学の本で、倫理学とは一言で言えば「いかに良く生きるか」を考える学問だそうである。

　最初、今回の番組を少し見た時は２５００年も前に生きたアリストテレスの本などは昔過ぎて、現代に参考になることなどないのではないかと思ったが、TVを見てみると現代に通ずる話ばかりで面白そうであり早速テキストを買うことにした。

　今回の講師は東大の大学院の教授で哲学、倫理学、キリスト教学が専門であるという真面目な先生だったが、聞き手の伊集院光が落語の話に置き換えて落語にも通じる話だというのを聞くと、２千年以上前も現在も人の気持ちは変わらないものだと古代ギリシャが身近に感じられた。

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　アリストテレスの倫理学は「幸福論的倫理学」と呼ばれており、「幸福とは何か」「どうすればそれを実現できるか」を考える学問で、アリストテレスは、人は「力量」や「卓越性」を表す徳を見につけてこそ、初めて幸福を実現できると考えた。
　つまり、人間がさまざまな行為をすることや、そもそも存在している究極目的は幸福にあるという考え方で、どのようにして幸福を実現させていくかを考える学問が「幸福論的倫理学」である。
　それに対して「〇〇すべきだ」という義務や、「〇〇してはいけない」という禁止に基づいて倫理を考える学問があり、１８世紀に生きたドイツのカントの「義務論的倫理学」と呼ばれる倫理学が知られてるが、そうではない倫理学のもう一つの潮流である幸福論的倫理学について学び、人生を前向きに生きて行くための知恵を獲得しようというのが、このテキストであるという。

　アリストテレスは人生の究極の目的は「幸福になることだ」という。人間は「大学に入って勉強する」という目的をもって入学するが、一方ではそれは「専門的知識や技術を身につける」ための手段になる。同様に「専門的知識や技術を身につける」ことも「大学に入る」ことの目的であると同時に「良い社会人になる」ための手段である。しかし「幸福になる」ことは目的になるが手段にはならない。「幸福になる目的は何？」と問うことに意味があるのか、「幸福になる」ことが人間の行為の全てを支えている究極的な目的としてあるのだと考える。これがアリストテレスの「幸福論的倫理学」の基本的な考え方である。

　一方アリストテレスは、人間のあるゆる行為は、「何れかの善（＝価値）を目指している」とも言っている。アリストテレスのいう「善」には「道徳的善」「有用的善」｢快楽的善｣の三つの意味が含まれているという。「道徳的善」は「困っている人を助けるのは良いことだ」「社会のルールを守るのは良いことだ」など、「有用的善」は役に立つという意味での良いことで「お金は良い」など。「快楽的善」は「楽しい」ということである。
　悪しきことや価値のない行為は原理的にあり得ず、人間は常に何か価値のあるもの、広い意味で「善いもの」を目指して行動すると言っている。
　そしてその善のうち最高のもの（最高善）は何かというと、「幸福」と呼ばれるものだということは一致しているが、その内容は何かとなると食い違いが出てくる。アリストテレスはその類型が三つあり、それが様々に食い違う幸福の内実に対応しているという。

　それは「快楽的生活」、｢社会的生活｣、｢観想的生活｣であり、「快楽的生活」とは快楽＝幸福と考える生活であり、｢社会的生活｣は社会の中でしかるべき役割を果たすことで自己実現していくことが幸福だと考える生活。そして｢観想的生活｣とは人間が生まれながらにして持っている可能性を現実化することによって生まれてくる充実した在り方こそが幸福だという考え方であり、人間だけが持っている「理性」という優れた能力を活用する生き方、すなわち｢観想的生活｣によって幸福になれるとアリストテレスは考えるのである。

　そして｢観想的生活｣によって幸福になるには4つの重要な徳（力量または卓越性）が必要であるという。それは「賢慮＝判断力」、「勇気＝困難に立ち向かう力）」、「節制＝欲望をコントロールする力」、「正義＝他者や共同体を重んじる力」の四つであるという。
　それらの徳は生まれつき備わるものではなく、それらの徳を受け入れる資質を我々が持っているからであり、それを習慣を通じて現実化していくことによってわれわれは徳を有するようになるという。

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　具体的に言うとアリストテレスは「徳」を見につけるとは様々な「技術」を見につけることと同じだと述べている。例えば鉄棒の逆上がりという「技術」を身につけるには何度も挑戦して、アドバイスを貰いながらやってみても始めのうちは上手くいかず、そんなことを暫く繰り返すうちにある時うまく回ることが出来た。その日は一回成功しただけだったが、翌日は三回くらい回ることが出来るようになった。その翌日は十回、そのまた翌日には殆ど毎回できるようになった。この様に逆上がりが加速度的にできるようになっていく理由は、一回でもうまく回れると、逆上がりのコツや感覚が体得されそれをベースにして二回目以降の成功率が上がって行くからで、技術においては一回の成功体験が二回目以降の上達に繋がりやすい。

「節制あることを行うことによって節制ある人になる」というアリストテレスの「徳」についての言明については、甘いものを控えなければならない人が、家族が買ってきた美味しそうなケーキをみて「今回だけは食べよう」と手が伸びてしまう。また季節限定の和菓子を貰って「今日だけは」と思って食べてしまう。その繰り返しで、加速度的に不節制という悪徳が身についてしまう。反対にケーキを見ても「自分は甘いものを食べてはいけないのだ」と自らを律して食べない。すると、今までは甘いものを控えるのは大変なような気がしていたが、一度控えてみると「なんだ、そうでもないじゃないか」と思えてくる。むしろ食べてから後悔するすることに比べれば気持ちも楽な気がする。するとどんどんその選択が簡単になっていく。良い選択を選らぶ回路が心の中で加速度的に形成されて行き、「節制」という徳が身についてくるわけである。

そのような調子でアリストテレスの全十巻からなる「ニコマコス倫理学」には、徳に基づく社会的生活においてどのように幸福を実現していくかという話が占めており、究極的な幸福は観想的活動によってこそ得られると言っている。因みにこの「ニコマコス倫理学」はアリストテレスが自分が設立した学園での講義の草稿を、息子のニコマコスが編集したものと言われている。

　いずれにせよ２，５００年も前に古代ギリシャに生きたアリストテレスが考え、感じたことが現代にもあまり違和無く通じるということはアリストテレスの偉大さと共に、人間の行為、考え方が昔から変わっていないことを示すことでもあるのだろうか。

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（この項終わり）